【宮崎県小林市の陰陽石を14年ぶりに再訪】

宮崎県小林市に「陰陽石」という奇岩があり、マイナーな観光地になっています。場所はこちら。

ここには1999年と2008年の2回、訪れたことがあります。1999年の時点でうらぶれたような雰囲気でしたが、2008年にはさらに廃墟化が進行していて、夏だったこともあって雑草が伸び放題という感じでした。

当サイト本館に載せている2008年7月の訪問記はこちら。

当時は「このまま朽ちていくんだろう」と考えていましたが、その後の状況をネット上で見てみたところ「ギャラリー蔵」という新しい秘宝館ができていたりして、意外と復活しているらしいことがわかりました。

14年後の2022年11月に用事があって宮崎へ行くことになり、この機会にずっと気になっていた陰陽石を再訪してきました。変貌ぶりに感動した風景を以下に載せています。


宮崎市内から路線バスで小林駅へ移動。小林駅前でコミュニティバスに乗り換え、陰陽石へ。コミュニティバスはマイクロバスによる運行で、この路線は1日5便(2022年当時)。さらに日曜と祝日は1日3便に減便されるので、利用する際は事前に時刻を調べておくことが必須です。

時間が合わなければタクシー利用になりますが、しかしコミュニティバスなら運賃は200円なので、かなり安く移動できます。

陰陽石のバス停で下りたのは私一人。まあ、観光で利用するような路線ではないのでしょう。

バス停から歩いて陰陽石方面へ。途中に「仲間の田の神」様があります。

「田の神」とは五穀豊穣を願って造られた石像で、鹿児島県や宮崎県で見られるもの。この神様とも14年ぶりの再会です。

田の神に参ってから、先へ進みます。まっすぐ行くと鳥居がありますが、その前に左側へ下りていく道がありました。この道は14年前にあったかどうか、記憶にありません。今となっては懐かしい元知事のイラストを見て、こちらへ行ってみることにしました。

ところどころにある案内表示を見ながら先へ。

やがて駐車場に出て、その向こうに陰陽石が見えました。14年ぶりの再会。

陰陽石をよく見る前に、こちらの門の中へ行ってみることにしました。14年前はなかったので、この時点で陰陽石周辺の整備状況が大きく変わっていることが予想できます。

そして、かつての陰陽石神社周辺まで来てみてびっくり。まさかこんなにきれいになっているとは。

建物も鮮やかな朱色に塗り直されているし、雑草もないし、感動のあまり声も出ません。

かつての陰陽石神社は、今は「陰陽石鬼子母神堂」という名前になっていました。

ここからは、比較のため2008年当時の写真を載せています。駐車場から陰陽石神社へ向かう太鼓橋は、7月ということもあって草に埋もれていました。

(2008年7月の風景)

橋を渡るときはこんな感じで前が見えないほど。

(2008年7月の風景)

やっとのことで橋を渡ると、神社前の広場も雑草が伸び放題。

(2008年7月の風景)

神社前の男根と、遠くの陰陽石のツーショットにも雑草が写り込みます。

(2008年7月の風景)

本堂内も色あせた感じ。

(2008年7月の風景)

ここからは2022年の写真。色褪せた感じが今では鮮やかに変貌を遂げています。それから、なぜか写真を撮るのを忘れましたが、太鼓橋もすっかりきれいになっていました。

説明書きも金がかかっていそうですし、ここまで整備してくれたことに感動します。

こちらの中空になった切り株は見た記憶がないので、14年前はなかったと思います(違っていたらすみません)。

賽銭箱を兼ねた石板はもちろん憶えています。

石板に刻まれたカーマスートラとも14年ぶりの再会。

14年前は色あせた感じだった木製の男根も、きれいに塗り直されていました。名前は「魔羅神様(別名・へのこ神)」で、またがると子宝と良縁が叶うそうです。

それにしても、すっかり立派になった姿に感動。「いつまでも元気でいられますように」と願いながら先端に触ってきました。

本堂前の石像周辺も、雑草もなくきれいなもの。影の形がいい感じです。

この角度で見ると、さらに影の形がいい感じ。

しばらく周辺を歩いてみました。この説明版もかなり金がかかっているはず。

この小さな門の向こうに陰陽石が見えます。

感動のあまり鬼子母神堂(旧陰陽石神社)の写真ばかり載せていましたが、陰陽石自体ももちろん見事なものです。これが自然石というのがすごい。

ただ、鬼子母神堂の横にあるこちらの建物も気になります。「日本一の絶景」とはどういうものなんでしょうか。

ここで、周辺を掃除していた男性から声を掛けられました。後でわかったのですが、実はこの方が陰陽石周辺をこれほどまできれいに整備し、廃墟化から見事に復活させた本人である池田政憲さんでした。

先ほどの建物はこの通路の先ですが、ここからは有料(500円)になります。もちろん、気持ちよく払いますよ。

パンフレットももらいましたが、この場所は正式には「スポットガーデン陰陽石」というそうです。そして、池田政憲さんは取締役という肩書になっていました。

しかし通路もよくできています。いったい、どれだけの費用をかけたのでしょうか。

池田さんの説明を聞きながら、まずは建物には入らず展望所の方へ。ここから、陰陽石が最適な角度で眺められるそうです。

ちょっと遠くなりましたが、これが陰陽石のベストアングル。

その理由は、アップで見るとよくわかります。つまり、陰陽石の「陰」の部分(つまり女性の部分)が正面から見えるわけです。この位置からでないと「陰」が斜めになってしまうので、「陽」はわかっても「陰」が正しく実感できないとのこと。

特に宮崎県が整備した展望所(ここから見ると陰陽石の向こう側)からだと陰がよく見えないので、「あれでは陰陽石になっていない。ここから見るのが正しい姿」と池田さんから力説されました。

さらに、陰陽石の別の見方についても教えてくれました。水面に陰陽石が映ってシンメトリーになっているので、これを横にすると別の「陰」が浮かび上がるそうです。

というわけで、そういう見方をした風景がこちら。

いやー、いいですねえ。感動してしばらく凝視してしまいました。特に水面近くの細長い雫形の部分が別の意味を持っていそうで、この見方に気付いた人の感性はすごい。あと、岩の表面に生えている草がまるで陰毛みたいに(以下略)。

ただ、この日は水が少し濁っていたそうで、澄んでいるときはさらにはっきりと見えるそうです。これはぜひとも再訪しないといけない。

というわけで下品なコメントばかりしてしまってすみません。もう一度、正しい角度で陰陽石を眺めてから展望所を離れます。

それにしても、この展望所や石段をコンクリートで整備するのはかなりの手間がかかっているはず。どれだけの費用を注ぎ込んだんでしょうか。

展望所だけでなく、周囲の竹林もきれいに整備されています。

池田さんの話によると、この区画は荒れ地を切り開いて整備したそうです。なぜかというと、陰陽石を先ほどの「正しい角度」で見せるためにはこの場所に展望所を作る必要があったからだとか。この広さの土地をほぼ一人で開墾し、これだけの施設を作ってしまったのですから、その情熱には本当に感銘を受けます。

さらに、ここへのアクセス道路(元知事の案内板があった場所からの道路)のアスファルト舗装も行ったそうなので、もう何も言えません。もともと宮崎の生まれではなく関東地方出身だそうで、地元愛というベースがあったわけではないところも驚きです。

14年前からは想像できないほど変貌した風景に衝撃を受けながら、続いてこちらの建物へ。

まず、こちらは「蔵二号 愛石コレクション」「竹中倭夫記念館」。蔵二号というのは「ギャラリー蔵」の2つ目の建物という意味だと思います。

写真撮影禁止なので内部の写真はありませんが、大正15年生まれで元医師の竹中倭夫さんという方から寄贈された世界各地の珍しい石がたくさん展示されていました。

しかし「竹中倭夫」で検索すると こういう書籍 がヒットしてびっくり。さすが陰陽石に記念館ができてしまう人は凡人とは違いますね。

そして、こちらが「ギャラリー蔵」の最初の建物(つまり蔵一号)。内部にはたくさんの春画や性具などが展示されていて、完全に秘宝館でした。こちらも撮影禁止なので、内部の写真はありません。

建物自体は大きくはありませんが、内容はなかなか充実していました。このコレクションを見たい人は、ぜひ直接訪れてみて下さい。

秘宝館を出ると、こういう案内書きがありました。

「ここから見ないと陰陽石の正しい姿にはならない」ということが力説されています。

こちらには野口雨情による歌が書かれていました。

これで有料エリアを一通り見たことになりますが、しかしこれで500円は安すぎます。採算がとれているのか気になるレベルで、いつまでもこの場所を続けてほしいので値上げしてもいいんじゃないでしょうか。

こちらの土産物店では、Tシャツやキーホルダーなどが売られていました。

ゆっくり見たいところですが、しかし帰りのバスの時間が気になります。何しろ1日5便の路線で、この日のうちに高速バスで福岡まで移動しないといけないので乗り遅れるわけにはいきません。

そろそろ時間が無くなってきたので、これでバス停へ戻ることにしました。最後に周囲を眺めてみましたが、改めて14年前と大きく変わったことに驚かされます。当時は、まさかこんな劇的に復活するとは予想もしていませんでした。

池田さんの話によると、特に桜の時期はきれいだそうです。「次は春に来ます」と挨拶し、陰陽石を後にしました。

コラム

当サイト本館で紹介している「淡路島ナゾのパラダイス」「神秘珍々ニコニコ園」「お山公園」などの創始者について考える際、私はいつも江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」を連想します。このような超B級スポットは、独力で作り上げた人にとってパノラマ島でありパラダイスなのでしょう。いわば、夢想家にとっての理想の地です。

この「スポットガーデン陰陽石」という一大観光地を作り上げた池田政憲さんも、間違いなく東田宣学さん(ナゾのパラダイス創始者)や橋本保久さん(神秘珍々ニコニコ園創始者)や山口健二さん(お山公園創始者)の系譜に連なる人だと思います。このような人に出会えたことが嬉しく、応援したいものです。

なお、当サイトではB級スポットという呼び方は賛辞です。誤解して批判メッセージを送らないでください。


あまり時間はないものの、元々の展望所があるエリアも見たかったので、鳥居の方へ走ってみました。

ただ、さすがに時間がないので展望所までは行けません。ここからの眺めは2008年の訪問記を見てもらうことにして、野生蘭専門の小さな植物園(「風流を解せぬ方には只の草」と書かれていました)がなくなっていたことだけ記しておきます。

ここで引き返そうかと思いましたが、向こうの方に別の建物があったので行ってみました。2008年にこの建物があったかどうか、記憶にありません。

ただ、さすがにこれだけの建物があれば憶えているはずなので、当時はなかったのでしょう。建物自体も新しそうです。

「歴史資料館」と書かれていて、壁には徳川家や豊臣家の家紋が描かれています。どういう資料館なのか気になりましたが、入口はシャッターが閉まっていました。

この日(水曜日)が休館日だったのか、すでに閉鎖されているのかはわかりません。陰陽石にはまた来るはずなので、そのときに確認します。

資料館の隣にあった「夫婦大明神」は見ることができました。

鎮座していた木製の大きな男根。「またがって通り抜けると一生夫婦円満」だそうです。

もっとよく見たいものですが、本当に時間がありません。

ここから走ってバス停へ。2008年にもあった廃墟らしい建物はまだ残っていました。教会跡は今は生駒高原酒造という会社が使っているそうで、ステンドグラスと焼酎という組み合わせが面白い。

陰陽石は必ず再訪したい。次回ここへ来るのはおそらく桜が満開の時期。

バス停に着いて数分でバスがやってきました。ぎりぎりで間に合い、ほっと一息。


小林駅に戻り、周囲を歩いてみると面白い風景がありました。この短い距離に遮断機を4つ並べる必要があるんでしょうかね。某珍百景に投稿してみたい。

ここを通っているのはJR吉都線。踏切からは、いかにもローカル線という風景が見られます。

タクシーで小林 I.C. へ移動し、高速バスで福岡へ。14年ぶりの陰陽石再訪は、非常に大きな感銘を受けた訪問でもありました。多くの人に訪れてほしい場所ですし、私もいつか必ず再訪します。

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