【未承認国家「アルツァフ共和国(旧ナゴルノ・カラバフ共和国)」への行き方】

2023年に起きたアゼルバイジャンとの軍事衝突の結果、アルメニア系勢力が事実上敗北したことによりアルツァフ共和国(旧ナゴルノ・カラバフ共和国)は2024年1月1日で消滅しました。
このページについては、かつて存在した未承認国家の紹介記事として残しておきます。現在は状況が完全に変わっていますので、あくまで過去の記録として読んでください。

コーカサス地方にある「アルツァフ共和国(旧ナゴルノ・カラバフ共和国)」をご存知でしょうか。国際的にはアゼルバイジャンの領土とされているものの、実質はアルメニアの傀儡国になっている地域です。首都はステパナケルト。

以前はナゴルノ・カラバフ共和国という名前でしたが、今はアルツァフ共和国と呼ばれることが多いようです。ただ、私がここを旅行した2015年5月当時はナゴルノ・カラバフ共和国でしたので、このページではナゴルノ・カラバフと呼ぶことにします。

Google Map ではこの地域はアゼルバイジャンの一部ということになっていて、首都もアルメニア名の Stepanakert ではなくアゼルバイジャン名のハンケンディ(Xankəndi)と表記されています。

ナゴルノ・カラバフ共和国の実効支配範囲は下図の通りです(NKR の地域)。

ナゴルノ・カラバフについて簡単に説明しておくと、ここは旧ソ連時代はアゼルバイジャンの一部でありながらアルメニア人が多数を占めていた自治州で、ソ連末期に自治州議会がアルメニアへの帰属変更を宣言し、それを認めないアゼルバイジャンと自治州を支援するアルメニアの間で全面戦争になった地域のこと。戦争はアルメニアが圧勝して自治州だけでなくその周辺まで占領しています。併合すると批判されるため形だけ独立国にしているものの、実質はアルメニアの実効支配地域です。当然、日本はここを国とは認めておらず「アルメニアによる占領地域」として扱っています。

しかしソ連の崩壊時期にここで全面戦争が行われていて、今でもアルメニア人とアゼルバイジャン人の間で憎悪の連鎖が続いていることをどれだけの日本人が知っているでしょうか。アルメニアは勝者なのでまだ余裕がありますが、アゼルバイジャン人のアルメニアへの怨念は凄まじいみたいです。20年以上前の戦争の影響がまだ双方に残っています。

こういう係争地に入るのもどうかと考える人もいると思いますが、今は平和なのでわりと安全に滞在できます。ただし、アゼルバイジャンも奪還を諦めてはいないため、いつまた紛争が再発するかわからない地域でもあります。ここに入る際はあくまで自己責任でお願いします。

まずはアルメニアへ

ナゴルノ・カラバフにはアゼルバイジャンとイランからは入ることができませんので、まずはアルメニアへ行く必要があります。アルメニアなんて普通の日本人は入国する機会がない国だと思いますが、ネットで検索すれば首都エレバンへの航空券は見つかります。

日本からアルメニアへ向かう場合、一般的にはモスクワ経由が多いようです。私はおなじみのエイチ・アイ・エスで手配しました。

私は19万円ほどで手配できました。

ステパナケルトへ

アルメニアのエレバンからステパナケルトへはミニバスの直行便があり、6時間半~7時間半ほどで移動できます(途中で30分程度の休憩あり)。エレバンの出発地点は市街の東にあるキリキア・バスターミナル。運賃は5,000ドラム(2015年のレートで約1,250円)でした。

ステパナケルトまで移動に時間がかかるので、午前中早い時間に行ってミニバスを探すことをお勧めします。私は午前10時発のミニバスに乗りました。

ここからステパナケルトへ直行してもいいのですが、ナゴルノ・カラバフとの国境近くにゴリス(Goris)という町があり、ここも見どころが多いので往復どちらかはゴリスに滞在するのもお勧めです。私はゴリスで1泊してからステパナケルトへ移動しました。

エレバンからの車窓風景も本当に素晴らしく、アルメニアにとって聖なる山といえるアララト山がきれいに見えます。

山岳地帯に入ると羊が道路を占領していたり、雪景色の山々がきれいに見えたりします。

ゴリスを通ってから45分ほどで国境に到着します。ここでは地元の人たちはフリーパスで、外国人だけがミニバスを下りて入国手続きを行う必要があります。

こちらが入国審査の建物。

入国手続きといっても厳しくはなく、パスポート番号の記録と宿泊予定ホテルを聞かれたうえで入国カードの紙切れを渡されるだけです。この紙切れは出国時にここで返却することになるため、なくさないように大事に持っておく必要があります。

宿泊予定のホテルについては、特に調査が入るわけでもないので適当に書いておいて構いません。私は「旅行人ノート」というガイドブックに載っているホテルを書いておきました。

国境には国旗も掲げられていて、アルメニアの国旗に三角形の切り込みが入っているのがナゴルノ・カラバフの国旗です。

旅行者全員が入国手続きを終えると国境を出発し、1時間半ほどでステパナケルト到着です。

宿泊先

ステパナケルトでの宿泊先ですが、今の時代はネットで予約することも可能です。agoda で探す場合はステパナケルトではなくハンケンディで検索する必要があります。

ただし、バックパッカーであればホテルを事前に予約しておく必要はないでしょう。それは、ステパナケルトを旅行する日本人の間で有名人になっているこの人がいるからです。

この人は「ノープロブレム親父」。なぜそう呼ばれているかというと「ノープロブレム」が口癖だから。さらに、英語は「No Problem」「Problem」「OK」「Good」の4つの単語だけしか知らないのに旅行者と会話を成り立たせるという驚異のコミュニケーション力を持っています。

この人はステパナケルトからのミニバスが到着するくらいの時刻になるとバス乗り場付近に出没して 獲物 旅行者を探しているので、出会えばついていって構いません。騙されたという話も聞かないので、基本的には信用していいでしょう。もっとも、大抵の人は考える暇もなく安宿に連行されると思いますが(笑)。

ノープロブレム親父がオーナーの AREVIK HOSTEL という安宿がこちら。

シャワー室はお世辞にもきれいとは言えませんが、安宿に慣れたバックパッカーなら大丈夫です。宿泊料金は1泊5,000ドラム(2015年のレートで約1,250円)でした。

もっときれいなところに泊まりたい人は旅行前にホテルを予約しておき、バウチャーを見せてノープロブレム親父を振り切ることをお勧めします。

入国後の手続き

ナゴルノ・カラバフ滞在にはビザが必要ですが、入国時にはビザを取得していません。このため、入国後に自分で外務省へ出向いてビザを取得する必要があります。

外務省の場所はここ。

こちらが外務省の建物。

用紙は外務省にありますが、前述の安宿にも用意されていてノープロブレム親父が書き方を教えてくれます。内容は一般的なビザ取得と同じですが、ちょっと気を付けないといけないのは滞在中に訪問予定の町の名前を列挙する部分。

アゼルバイジャンとの戦争で廃墟になったアグダム(Agdam)という町があり、軍が管理しているので町に入るのはやめておくべきですが、遠くから眺めるところまで行く人もいると思います。その場合でもアグダムの名前は書かずステパナケルトの他は近郊のシューシ(Shushi)、修道院があるガンザサール(Gandzasar)だけにしておくほうが無難です。

外務省で申請用紙とパスポートを預け、1時間後くらいに取りに行くとビザが発給されています。ビザ料金は3,000ドラムでした(2015年時点)。ナゴルノ・カラバフではアルメニアと同じ通貨が使われています。

このビザがパスポートに貼ってあるとアゼルバイジャンでは100%入国を拒否されます。私はパスポートの有効期限までにアゼルバイジャンに行く機会は100%ないと思ったので貼ってもらいましたが、頼めば貼らずにクリップでとめてもらうこともできます。

ビザを取得していないと出国できないので、ステパナケルトに到着したらすぐに外務省に行きましょう。

(このビザの裏技的な使い方として、イスラエルの出入国印の上に貼って履歴を消し、周辺のアラブ諸国に入国するという方法もあるようですが、そのあたりは自己責任で)

出国

出国の際は、ステパナケルトのバスセンターからエレバン行きのミニバスで出発します。国境では入国時に受け取っていた紙切れを渡し、ナゴルノ・カラバフ出国とアルメニア入国はすぐに終了です。

アルメニアに入ると、ゴリスという町を見下ろす場所でしばらく停車します。ここは本当にきれいな町なので、往復どちらかはゴリスに滞在してみてください。

ステパナケルトから7時間ほどでエレバン到着です。


いかがでしょうか。このページを見てナゴルノ・カラバフ共和国に興味を持った人は(あくまで自己責任で)旅行してみてください。ただし、隣国アゼルバイジャンとの関係は緊張状態にあるので、最新情報には常に注意が必要です。


おそらく日本で唯一、ナゴルノ・カラバフが紹介されているガイドブックがこちら。

読み物としても面白いので、この地域を旅行する方は購入してみてください。ガイドブック通りに行動する必要はありませんが、知識を身に付けておけば何かの役に立つはずです。

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