国内旅行編(石川 / ハニベ巌窟院)

(注)後述するように、ハニベ巌窟院の展示内容は2004年以降大きく変わっているようです。このページは、あくまで2002年当時の記録として読んでください。

小松駅から「ハニベ前」行きのバスで約20分。人家もまばらな農村地帯の中に、大きな仏頭が突如「ぬっと」現れる。ここが今回の旅行の主目的地「ハニベ巌窟院」になる。

ここは「別冊宝島378」や「珍日本紀行」でも紹介されているように「地獄めぐり」が名物で、一般には北陸最大のB級スポットのように思われている。パンフレットによれば「ハニベ」とは埴輪を作る人のことをいうそうで、ハニベだった都賀田勇馬という人が創立し、現在は2代目(写真を見た限りでは藤岡弘、のような感じ)が後を継いで各種の作品を日夜作り出しているという。(さらに現在3代目が東京で修行中という話)


入口で拝観料を払い、中に入る。今回来てみてわかったのだが、ここは実際には水子供養が主になっているらしく、大きな仏頭がそびえているのは水子供養のお堂だった。中に入ると緑色の小さな人形がぎっしりと置かれていて圧巻。おそらくハニベ巌窟院で製作したものを参拝者が奉納したのだろうが、これだけ大量に並んでいると迫力がある。水子を供養している人は世の中にこんなに大勢いるのでしょうか。

それにしても、大仏の全身像は日本各地にあるが、肩から上だけという異様な光景を見ることができるのはおそらくここだけだろう。いずれ大仏の全身像を作る計画はあるらしく、パンフレットには「現在、二代目院主の大仏師・都賀田伯馬師が日本一のジャンボ釈迦牟尼大仏(高さ33m、奈良の大仏の2倍)を建立せんとして日夜製作に専念している。すでに仏頭(15m)が完成し、大仏の姿を拝する日もそう遠くはないでしょう」と書かれている。しかし、この仏頭が完成したのはいつ頃だろう。かなり前のような気もするが。


奇妙な石像が並んでいる広場を通り過ぎて細い道を登っていくと、またしても水子供養の建物(こちらは水子地蔵堂)がある。

入口に置かれたノートには死んだ子供への参拝者のメッセージが多く書き込まれていて、なんだか重たい気分になってくる。建物の中には同様に緑色の人形が多数置かれているが、奥のほうの棚には形見の品らしき服やら人形やら玩具やらがたくさん納められていた。あまり長く居る気がせず、すぐに建物を出たのだが、それにしても写真を撮ったら何か写りそうな場所だった。


メインの洞窟に入る前に、横にある小さな洞窟(阿弥陀洞と書かれている)へ。ここには阿弥陀如来像や弘法太子像が安置されている。その前は「願皿」と書かれていて、洞窟の奥に置いてある石棺のまわりに小さな石板がうずたかく積み上げられている。どうやら3枚の小さな石板に願い事を書き、それを洞窟の奥のほうへ投げるという趣向になっているらしく、石棺に見事入れば願いがかなうということらしい。私も「日本中のB級スポットを見て回れますように」と書いて投げてみたのだが、結局1枚も入らなかった。前途は厳しそうだ。


ここの院主の作品がいくつか展示されている小さな建物を過ぎ、いよいよメインの洞窟へ。この洞窟の中に、院主渾身の作品が多数設置されている。

まずは、インド密教をモチーフにした下の写真のようなレリーフや彫像が多数。これらについては多くは語らないことにする。

これらのレリーフや各種観音像を見た後に地獄門がある。そして地獄門の先がいよいよ地獄めぐりになっている。

地獄めぐりというと恐ろしい場所を想像する人が多いだろうが、ここの地獄はそういう感じではない。どちらかというとユーモラスな感じで、どの作品にも院主の趣味が色濃く反映されている。

下の写真は「食物を粗末にする罪」で「地獄で鬼がきねでつく」と書かれている。奥にいるのは鬼のコック。

こちらは鬼の食卓で、メニューは「目玉の串ざし、耳と舌の甘煮、面皮の青づけ、人血酒」となっている。鬼の食卓に並んでいた食材は、なかなかリアルにできていた。鬼のコックが作ったんだろう。

これは轢逃げの罪。

乱用の罪が面白かった。「一物重く足腰立たず」と書かれている。

その他、色目(目から血を流した女性)、舌先三寸(舌を切られて血を流した男性)、蛇地獄(どういう罪を犯した人がここへ落ちるのかわからないが、多数の蛇に巻きつかれた人)、我が子を殺した罪(「生んでは喰い、喰っては生むお産の苦しみ」と書かれている)など、最初は一般的に日本人がイメージするような地獄風景が続く。これらの中では、やはり「乱用の罪」がネタ的にも面白い。

これらトラディショナルな地獄エリアを過ぎると、次第に時事ネタが増えてくる。野村サッチーやらストーカーやらお受験殺人やら森前首相やら、題材を思いつくたびに次々と製作しているのだろう。上の「鬼の食卓」の奥に見えているのは「セクハラ知事、ノックアウト」。

上の写真のタイトルは「接待汚職地獄」。内容については説明するまでもないが、興味深いのは男性4人の手抜きぶりに対して女性の体が細かい部分まで精巧に作られていること(一応、服の下も見てみました)。院主が楽しみながら製作している風景が目に浮かぶようだ。

そしてビンラディン。これは予想していなかったので驚いた。

「テロの首謀オサマ・ビンラディンここに隠る」と書かれていて、奥には頭蓋骨の山が作られていた。

それにしても、この洞窟はなかなか面白い場所だったので30分以上も歩き回ってしまった。こういうB級スポットが好きな人ならかなり楽しめると思う。ぜひ訪れてみてほしい。

洞窟の一画からは未舗装の道路に出ることもできる。この道を登っていくと大きな涅槃像があるらしいのだが、雨が降っていて足場が悪かったので、これは諦めた。


洞窟を出て、帰りに土産物店に寄ってみた。店内では石川県の特産品の他、いくつかのハニベグッズが売られていた。買うかどうか迷ったのがこれ。

結局、ちょっと高かったのでTシャツは買わなかった。代わりにここの絵葉書と、酒を注ぐと仏頭の姿が浮かび上がる盃を買い、ハニベ巌窟院を後にした。


雨の中、ハニベ前のバス停まで行ってバスの時刻を調べたところ、次の便は約2時間後になっている。どうしようかと思っていったん土産物店に戻ったところ、様子を見ていた店の女性に声をかけられ、事情を話すと「それなら近くのバス停まで送っていきましょう」ということになった。なんでも、別の路線のバス停が車で5分ほどのところにあり、そこを約15分後に小松駅行きのバスが通るという。バス停まで軽トラックで送ってもらい、礼を言って別れた。

かつてはバスの便はもっと頻繁にあったらしいが、みんな車で来るようになってから減ってしまったという。たしかに、ここへ来るときも終点まで乗っていたのは私1人だった。これを読んで興味をもった人は、タクシーまたはレンタカーを利用するほうが便利かもしれない。

(2002.5.4)


(追記)

2004年11月、ハニベ巌窟院の2代目院主が強制わいせつで逮捕されるという事件があり、このニュースを聞いたときはハニベ巌窟院は閉鎖されてしまうのではないかと心配になった。

現在、ハニベ巌窟院は閉鎖されることなく存続しているが、噂によると2代目が製作した作品はすべて撤去され、2代目の存在自体が「無かったこと」にされているらしい。というわけで、このページに載せている時事ネタ作品はもう見ることはできない。B級スポットマニアとしては残念なことだが、2代目になってちょっとおかしな方向に進んでいたのが元に戻ったということなのかもしれない。

この事件当時は夕刊フジ編集部やフジテレビ報道局から「このサイト内の写真を使わせてほしい」というメールが来た。自由に使用して構わないという返事を送ったので、私は見ていないのだが夕方のニュース番組で接待汚職地獄やビンラディンの写真が映されたらしい。


2023年2月、21年ぶりに再訪してきました。再訪記は当サイト別館に載せています。