ペルー旅行記(ナスカ~リマ)

ナスカ滞在2日目。この日は午前中にツアーでセメンテリオを訪れ、午後のバスでリマへ向かうことにしていた。

セメンテリオというのはナスカ文明時代の墓地で、たくさんのミイラを見ることができる場所である。なお、スペイン語の “Cementerio” は英語では “Cemetery”。


ホテルをチェックアウトし、前日にツアーを予約した旅行代理店へ。ここから車でナスカ空港へ送ってもらうと、ツアーの小型バスが待機していた。ここで他の参加者と合流し、ナスカから南へ30キロほどのところにあるセメンテリオへ向かった。ツアー参加者は私以外はすべて欧米からの観光客だった。

砂漠を突っ切って伸びるパンアメリカンハイウェイを南へ走り、セメンテリオの表示板が現れたところで道をそれてオフロードに入っていった。パンアメリカンハイウェイは舗装道路なので快調に飛ばしていたが、ここからは砂地なのでスピードが出なくなる。

ハイウェイをそれてすぐ、現代の墓地の横を通過した。ガイドの説明によれば本来この場所に墓を作るのは違法らしいのだが、許可された場所に墓を作るのは金がかかるらしく、貧しい人たちがいわば勝手に墓を作っているという。これについては当局も仕方がないということで黙認しているらしい。

オフロードに入ってから30分以上かかって、ようやくセメンテリオに到着した。管理所らしい建物に数人の係員がいるだけで、あとは遠くまで荒涼とした景色が広がっている。

このあたりにあるナスカ文明時代の墓は、ほとんどが盗掘者によって荒らされている。それらの墓のうちの十数か所を、日差しを遮る屋根を設置するなどして観光用に整備したのが、このセメンテリオ。

それぞれの墓には数体のミイラと各部位ごとの人骨が整然と並べられている。下の写真に写っているのはレプリカではなく本物の人骨とミイラ。ガラスケースに展示されているミイラなどは今までに見たことはあるが、屋外にこれだけたくさんのミイラが並んでいるのは初めて見た。ちょっと不気味な雰囲気。

下の写真は身振り手振りを交えて説明するガイド。説明は当然ながら英語だが、この人の英語はわりと聞き取りやすかったので大体のところは理解できた。

ガイドの説明によると、盗掘者は地面に棒を突き刺しながら空洞を探し、見つけると墓を暴いて副葬品を盗んでいたということだった。ミイラは適当に捨てていたらしく、かつてこの一帯にはミイラや人骨が散乱していたそう。

現在の姿は、観光用に整備することになったときに散乱していた骨を拾い集めて墓の中に並べたもの。「おそらくこの墓の骨だろう」ということで並べてあるため、実際には違う墓の骨が混じっているかもしれないという話だった。

もっとも、現在でもよく見ると地面には骨が散乱している。下の写真で白っぽく見えるのは、ほとんどが人骨。

ここにはチケット売り場の横に小さな展示室も併設されている。下の写真は展示室のガラスケースに収められていたミイラ。

ガイドの説明を聞きながら一通り見学した後、20分ほど自由に散策してすごした。それにしても、荒涼とした景色とちょっと不気味な雰囲気が楽しめる場所だった。これだけたくさんのミイラを見ることができる場所はそうはないだろうし、ナスカでは地上絵と並んでお勧めスポットといえる。

この後、ツアー一行はナスカに戻り、土器製作工場の見学を行うことになっていた。これもなかなか面白そうな感じだったのだが、バスの時間が近づいてきたこともあり、ガイドに事情を話してここでツアーを離脱することにした。他のツアー参加者が土器製作工場に入っていった後、別の車でオルメーニョ社のバスターミナルへ送ってもらい、出発時刻の30分ほど前にバスターミナルに到着。


オルメーニョ社のバスターミナルで待っていると、やがて2階建ての大型バスがやってきた。荷物を預け、バスに乗り込むと座席もゆったりとしていてかなり快適な感じだった。さすがペルーで一番の豪華バスだけのことはある。

午後1時半にナスカを出発し、パンアメリカンハイウェイを北上してリマへ向かう。座席は全席指定で、私の席は2階の最前列だったので絶好のパノラマビューを楽しめた。ナスカを出発した時点では乗客は10人もおらず、2階は貸し切り状態だった。

また、リマに到着するまでの間、2回の軽食サービスと数回のミネラルウォーターやインカコーラのサービスがあった。車内はエアコンも効いて、かなり快適。

下の写真はナスカ市街を離れてすぐ、ミラドールの横を通過したときの風景。

ただ、移動中はずっと逆光だったため、写真を撮ると窓の傷が目立ってしまったのが少し残念。

ナスカ平原を離れると、パンアメリカンハイウェイは丘陵地帯に入っていく。ここまでは快調に飛ばしていたバスも、このときはさすがにスピードが出なくなりノロノロ運転が続く。

丘陵地帯を過ぎると、再びハイウェイをひた走る。ときどき、まるで砂漠の中のオアシスのように小さな町が現れるが、それ以外ではハイウェイは地平線まで一直線に続いている。

ナスカから2時間ほどでイカという町に着いた。

この高さから街中を見下ろすのも、ちょっと気分のいいもの。この町では3輪タイプの小型タクシー(3人乗り程度)や「よくこのバスが動いているな」と思うほどのボロボロのボンネットバスが現役で活躍していた。

イカを離れると、再びパンアメリカンハイウェイをひたすら走る。道路は地平線まで一直線に続き、両側には砂漠のような荒涼とした景色が広がる。感動的な光景。

やがて、はるか遠くに海らしきものが光っているのが見えてくる。なにしろ走っても走ってもなかなか近づいてこないので、見え始めてから間違いなく海だと確信するまで1時間近くかかった。

海岸沿いにあるパラカスという町に到着すると、ここで多くの乗客が乗り込んできて8割ほどの座席が埋まった。ここからは、次第に薄暗くなっていく中、北上してリマへ向かう。リマに近づくと再び海沿いを走るようになったが、すでにかなり暗くなっていたため海を眺めることはできなかった。明るければかなりきれいな景色らしい感じだったので、次回ペルーへ来るときは逆方向(リマ → ナスカ)の便に乗ってみたい。

ナスカから約7時間、午後8時40分に首都リマのバスターミナルに到着した。長い移動だったが、座席が快適な上に抜群の景色を楽しむことができたので、まったく疲れなかった。ペルー旅行の際は、この区間のバスには絶対に乗ってほしいと思う。特に2階のパノラマ席はかなりおすすめ。


バスターミナルから、予約していたホテル “Suites Eucaliptus” へタクシーで向かうことにした。ターミナルから2キロほど離れたミラフローレス地区にあり、この地区はリマ市内でも治安がいいとされている。

10分ほどでミラフローレス地区に着いたものの、タクシーの運転手がホテルの場所がよくわからないということだったので、ガイドブックの地図や住所を見せながら付近をぐるぐるとまわり、ようやくホテル前に到着した。こじんまりとしたホテルで、宿泊料金は1泊20ドル。

部屋で少し休んだ後、夕食がまだだったので外出して付近を歩いてみたところ、大通りを歩いている限りは特に危険そうな感じはしなかった。途中、日本語表示可能なインターネットカフェがあったのでメールチェックのあと日本の競馬の馬券を購入してみた(日本時間で土曜日の午前中なので、すでに JRA のレースが始まっている)。地球の裏側からでも馬券を購入できるとは、便利な時代になったものだ。

2時間ほど中央公園周辺を散策し、レストランではなくケンタッキーで夕食を取ってからホテルに戻った。すでに鉄格子のドアが閉められていて、合図するとこちらの顔を確認してから開けてくれた。さすがに安全対策にはかなり気を使っているようだった。