国内旅行編(奈良 / 飛鳥坐神社おんだ祭)

朝10時、近鉄難波駅から急行列車に乗り、大和八木駅で乗り換えて橿原神宮前駅で下車。飛鳥坐神社の最寄バス停が「飛鳥大仏前」ということは調べていたので、駅前の案内所で行き方を聞き、駅前のバス乗り場に向かった。

このことは予想していたためそれほど驚かなかったが、案の定、バス乗り場には長い列ができていた。そして、これも予想通り半数近くが外国人だった。この種の祭りは、どうやら日本の隠れ人気スポットになっているらしい。

バスは1時間おきくらいの運行なので、並んで待っているうちに人数はさらに増えてきて、歩道を埋め尽くすくらいになってしまった。まったく、奈良交通バスもこの日くらい臨時便を運行すればいいものを、気が利かないな。

やがてバスが来たが、とても1台に乗りきれる人数ではない。そこで、運転手が携帯電話で他のバスを回すよう応援を頼んでいるようだった。かなりの人数を積み残したまま、超満員でバスは出発し、約15分で飛鳥大仏前に到着した。神社周辺は道が狭く、車で大混雑している。

バス停から歩いて数分のところに飛鳥坐神社があり、鳥居の前に数軒の露店が出ている。周囲にはひなびた集落が広がっていて、ここにこれだけ大勢の人が集まってくるのはおそらく年1回、この日だけと思われる。

鳥居をくぐり、長い石段を登ったところに境内がある。かなりこじんまりとした神社で、本殿、拝殿、舞台の他はあまりスペースがなく、舞台が正面に見える位置(拝殿前)にはすでに大勢の見物客が待機している。

まだ舞台での祭事は始まっていないが、神社内では翁の面をつけ竹の棒(先端がムチのようなササラ状になっている)を持った人が観客の尻を叩きながら歩いていた。叩かれると厄除けというご利益があるそうだが、正直言ってかなり痛い。警察官公認の暴行という感じ。

いったん神社を出て、露店で大判焼きを買ったりしながら周囲を歩いていると、神社に戻ろうとしている祭列に出会った。この祭列の主役は牛の面を被った黒装束の男性で、牛らしく手をつきながら四足でゆっくりと歩いている。「ちょっときつそうだなあ」と思いながら見ていると、神社の近くで突然立ち上がり、普通に歩き出してしまった。このときは周囲の観客から「牛さんが立ち上がっちゃったよ~」と悲鳴が上がっていた。

神社を横から見ると、こんな感じ。ちょっとした丘の上に神社が建っているのがわかる。周囲は本当にのどかなもの。

神社に戻ると、舞台の上に神社の関係者や地元の有力者らしき人たち(おそらく議員など)が上がり、祭事が始まるところだった。遠くからではよく見えないが、舞台からは太鼓の音などが響いてくる。

ここで「おんだ祭」について簡単に説明しておくことにする。みうらじゅんの「とんまつりJAPAN」で紹介されてから一躍有名になったような気がするが、漢字で書けば「御田祭」であり、五穀豊穣、子孫繁栄を願う祭りである。祭り自体は江戸時代から行われているもので、由緒正しいものといえる。

祭りに登場するのは、天狗、お多福、翁、牛の4人。最初は舞台の上に天狗、翁、牛が上がり、農耕や田植えの儀式を行う。ここで天狗等はいったん退場し、しばらくしてお多福を連れてくる。そして、ここから天下の奇祭にふさわしい儀式が行われる。

この儀式を一言で言えば、天狗とお多福の 結婚式と初夜 になる。神主の前で結婚式を行い、いよいよ一同お待ちかねの初夜が始まる。この場面もいろいろと興味深いのだが、簡単に言えば翁の助けを借りて天狗とお多福が SEX(あくまで真似事)を行う。そして、事が済んだ後、天狗がお多福の股間を ちり紙(かなりの枚数)で拭き、それを観客に向かって投げる。この紙は縁起物とされていて、観客はそれを必死で取り合うことになる(これが祭りのクライマックス!)。

この紙が縁起物という理由がすごい。つまり、

「拭くの紙」→「福の神」

という、超絶な駄洒落なのである。はたして、今の日本にこれ以上の駄洒落が存在するだろうか。

紙投げのあとは餅まきが行われ、あとは天狗とお多福が本殿と拝殿に参拝して、祭事は終了する。まさに天下の奇祭。

来賓の紹介の後、田植えの儀式が行われたようだが、ちょっとよく見えない。これらの儀式のあと小休止があり、石段のところで待っていると、やがて翁を露払いにして天狗とお多福が石段を上がってきた。

下の写真は近くまで来た天狗とお多福。石段の上まで来ると、天狗がお多福を抱きすくめて接吻の真似事をし、お多福が恥ずかしそうに顔を伏せるという動作を何度も繰り返す。その度に、観客から笑い声と囃し立てるような声が起きる。

それにしても、お多福役はかなりの芸達者!

あえて説明するまでもないかもしれないが、お多福を演じているのはもちろん♂。

やがて二人は舞台のほうへ歩いていった。このあと例の結婚式と初夜の儀式があるのだが、下の写真の通り舞台の前は人で埋まっていて、とても近づくことはできない。

よく見えないなあ。

ときどき、観客の間から天狗や翁の動きが見えるが、なんだかよくわからない。やはり、この祭りを見るためには朝早く来て場所を確保しておかないとだめらしい。

しかしまあ、天狗がお多福の足を持ち上げているところは少しだけ見ることができたし、拭くの紙投げや最後の餅まきも、なんとか見ることができた。

儀式が終わると、天狗とお多福は舞台を降りてきて本殿と拝殿に参拝する。下の写真は拝殿の前に立つお多福。

この頃になると、舞台の前も人が少なくなってくる。ようやく舞台を近くで見ることができた。

次回来るときは、ぜひとも近くで見たいものだ。

このあと、天狗やお多福は例の竹製のムチをもって神社周辺を歩き回り、手当たり次第に人々の尻を叩いている。しばらくついて回ってみたが「バシン!」とすごい音がする上に実際にかなり痛いので、あちこちで大騒ぎが起こっていた。もっとも、厄除けということで叩かれた人も嬉しそうにしていたが。

その後も相変わらずお多福はあちこち走りながら尻を叩いて回っているようだが、私のほうは飛行機の時間もあるので、これで神社を後にすることにした。バス停にはすでにバスが待機していて(さすがに奈良交通バスも臨時便を出したらしい)、満員のバスで橿原神宮前駅へ向かった。

今回は儀式を近くで見ることができなかったので、当サイトの写真では物足りないという人がいるかもしれない。そういう人は、インターネットで探せば各儀式がアップで撮影されているサイトが見つかると思うので、そちらを参照してほしい。この祭りがどれほどの奇祭かわかると思う。


橿原神宮前駅から急行列車で近鉄難波駅へ移動し、OCAT からバスで伊丹空港へ。夜8時に長崎空港に帰着した。

それにしても、なかなか興味深い祭りだった。ただ、今回は舞台を近くで見ることができなかったのがちょっと残念なので、いつかまた見に来たい。

(2007.2.4)