国内旅行編(愛知 / 田縣神社豊年祭 – 3)

熊野社の前に豊年祭行列が並び、出発を待っている。石段の上から眺めると、道路が観客で埋め尽くされるくらいの大変な状況になっている。

熊野社前の石段を下り、陽物御輿に近づいてみた。とにかく人が多く、あまり近くまでは近づけない。

熊野社の前から眺めると、道路が人であふれているのがわかる。そこで、先回りして行列が通るルート上で待機し、行列の先頭から最後尾までを見物することにした。

しかし住宅地にこれだけ人が集まっているというのも、なんだか不思議な光景だと思う。

周囲はものすごい人ごみで、歩くのも大変なくらいだが、ともかくも行けるところまで進むことにした。

少し進むと、木彫りの男根を抱えた若い巫女さんたちが待機していた。「恥ずかしくないですか?」と聞いてみたい気もするが、みんな笑顔だったので気にすることはなさそうだった。

最初は田縣神社付近の大通りまで移動するつもりだったが、坂道を下りたあたりでどうにも身動きが取れなくなってきた。道が細い上に見物客の数があまりにも多いので、もやは先へ進むことができず、元に戻ることもできない。そこで、名鉄犬山線の踏切のあたりで移動を諦め、ここで待機することにした。周囲には外国人観光客の姿も多い。

しばらく待っていると、やがて豊年祭行列がやってきた。先頭を歩くのは高下駄をはいた天狗で、かなり身長が高いので迫力がある。この天狗が行列のペースメーカーらしく、所々で立ち止まりながらゆっくりと歩いていった。

続いて、大幟という旗が通って行った。なかなかリアルな絵だと思う。

それから、先ほどの巫女さんたちがにこやかに男根を抱えて歩いてきた。この男根は縁起ものらしく、巫女さんから借りて写真撮影する人たちも見られた。

しかしよく見るとシュールな光景だと思う。

行列最初の神輿が登場。この神輿には五穀豊穣の神が乗せられている。ちょうど列車が来たので、踏切の前でいったん停止し、担ぎ手たちは神輿を置いてしばらく休憩。

通過していった列車はほぼ満員で、列車の乗客たちも何事が起きたのかと思って外の風景を凝視していた。

列車が通過した後、神輿は勢いをつけてその場で何回か回転し、踏切を渡って行った。

そして、豊年祭の主役とも言える陽物御輿が通って行った。しかし神輿が踏切を渡っていくというのも、考えてみれば不思議な光景といえる。

陽物御輿が通り過ぎていくと、周囲の人たちも動き出し、ようやく身動きできるようになった。そこで、大通りに出て田縣神社方面へ走り、豊年祭行列を追い越して神社の手前で再び行列を待つことにした。

やがて行列がやってきて、天狗、大幟、巫女さんたちが次々と歩いていく。そして陽物御輿がやってきた。

近くまで来た陽物御輿。前回来た時も思ったが、オレンジ色の男根と白装束の担ぎ手との対比が面白い。この光景を見ると、やはり豊年祭は日本最大の奇祭だと思う。

行列の最後は福榊(ふくさかき)。ときどき神輿を傾けて男根の先端を周囲の見物客に触らせながら歩いていた。

すべての行列が田縣神社に入り、神輿などが本殿内に安置されて、これで豊年祭行列は終了した。この頃には神社内も人でいっぱいになっている。

そして、祭りの最後の行事となる餅まきが行われる。

かなり大量の餅がまかれるので、会場はかなりの騒ぎになる。そのため、開始前に「子供やお年寄りは会場の外に出てください」「けがをしても神社は責任をとりません」「露店商の方は、自分の店は自分で守ってください」といったアナウンスが流れる。狂騒の中、餅まきが終わり、これで今年の豊年祭がすべて終了した。

豊年祭を見るのは2回目だが、やはりすごい祭りだった。個人的に「田縣神社豊年祭」「金山神社かなまら祭」「飛鳥坐神社おんだ祭」が日本三大奇祭と考えているが、その中でも豊年祭は正統派の奇祭だと思う。ぜひ、多くの人に見てほしい。


田縣神社前駅から名鉄線に乗り、中部国際空港へ。今回の愛知旅行は、行きは長崎~小牧の便に乗ったが、帰りはちょうどいい時間がなかったため中部~福岡を利用した。福岡空港で高速バスに乗り換え、夜遅く佐世保に帰着した。

今回は、天下の奇祭といえる田縣神社豊年祭の他、大縣神社と間々観音という愛知の三大スポットを回ることができた。またいつか、豊年祭を見に来たいものだ。

(2009.3.15)


<2009年 / 愛知旅行記のインデックスページ>


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