ウズベキスタン旅行記(ムイナク / 船の墓場)

ホテルを出て、歩いて5分ほどのところに展望所がある。わりと広い駐車場があるが、車は停まっていない。

ブハラという観光地を諦めてまで訪れたムイナクだが、観光客がほとんど来ないような町へわざわざ来たのは、この展望所からの景色を見るため。つまり、ここが今回のウズベキスタン旅行最大の目的地になる。

このムイナクがどういう町かは、自然改造や環境破壊に詳しい人は知っていると思う。かつて、ここにはアラル海という世界第4位の面積を持つ湖があり、ムイナクはアラル海に面した港町として漁業と缶詰加工産業で栄えていた。しかしながら旧ソ連時代に行われた無理な灌漑事業のため、1960年代からアラル海は急速に縮小し、現在は砂漠に取り残された町になってしまった。ここでは、湖岸線の急速な後退に対応できず撤去が間に合わなかった船がさび付いたまま残され、船の墓場といっていい光景を見ることができる。

20世紀最大の環境破壊といわれるアラル海の縮小については、ここでは詳しいことは説明しないので、経緯は Wikipedia を見てほしい。要は、無謀な自然改造計画によりアラル海に流入する河川の水量が激減し、それによって周辺の環境が大きく変わり主要な産業が壊滅してしまったわけである。

この展望所はかつてアラル海に突き出していた岬の上にあり、三角形の石碑は第2次世界大戦の戦没者慰霊碑だったという。しかしながら現在はデザインが塗り替えられ、アラル海の縮小が描かれている。

記念碑の両側には1960年と2010年のアラル海の絵が描かれている。

記念碑の横にはアラル海の縮小を示す写真が示されていた。1960年代から湖の縮小が始まり、やがて北側の小アラル海(カザフスタン側)と南側の大アラル海(ウズベキスタン側)に分かれ、大アラル海が急速に干上がっていく様子が分かる。

そして2009年、大アラル海のほとんどが干上がってしまった時期があった。その後、地下水脈の影響で多少は元に戻ったりしたようだが、これがいつまでも続くことはない。シルダリヤ川の流入が細々と続いている小アラル海は堤防の設置により水位は回復しつつあるそうだが、アムダリヤ川の流入が止まっている大アラル海は2010年代には完全に消滅すると言われている。

展望所からの眺め。かつて、ここからはアラル海の水平線を眺めることができた。今は地平線まで砂漠が続いていて、ここに湖があったとは信じがたい。さび付いた船は、現在は環境破壊を示すモニュメントとして崖の下に集められている。

地平線を眺めた動画を載せておく。

今となっては想像できないようなことだが、かつてこの崖の下には湖水があり、波が打ち寄せていたわけである。今は風の音しか聞こえない。

展望所の横に階段があり、下に下りることができる。

近くで見た廃船。「船の墓場」としてテレビ等で紹介されることもあるので、見たことのある人もいると思う。しかし砂の上のさびた船というのも、なんとも異様な光景といえる。

地面をよく見ると、小さな貝がたくさん散乱しているので、かつてここが湖底だったことが分かる。

外板がなくなり、骨材がむき出しになった船。

動くことのない漁具。

いくつかの船には階段が設置されていて、甲板上に乗ることができる。

船の上から周囲を眺めてみた。

動くことのない台船。

船橋から見えるのは砂漠。

動くことのないエンジンとプロペラ。

朽ちた舵。

横揺れを防止することのないビルジキール。

ホースパイプの先に見えるのは砂。

しかしまあ、なんとも無謀なことをやったものだと思う。アラル海縮小の原因は、アムダリヤ川とシルダリヤ川の上流に運河と灌漑設備を作り、川の水を大量に使用したため下流へ水が行かなくなったことだが、こういうことは計画段階で予想できていた。しかしソ連政府は漁業と灌漑を比較して以下のように説明したとされる。

「アラル海で捕れるチョウザメのキャビアがどれほどの利益になろうか。それが社会主義の勝利にどれほど貢献するというのか。それよりも砂漠の地を緑に変え、そこで栽培される綿花がどれだけの利益を生み出すだろう。なるほど、灌漑によってアラル海は干上がるかもしれない。しかし社会主義の勝利のためにはアラル海はむしろ美しく死ぬべきである」

今でこそ「20世紀最大の環境破壊」と言われているアラル海の消滅だが、当時の認識は環境破壊ではなく自然改造であり、さらに自然改造の弊害は自然改造で克服するという考えが(日本も含めて)主流だった。現代の視点で過去の行為を批判してはならないという言葉もあるが、しかしこういう船を眺めているとなんとも沈んだ気持になる。

1時間ほど周囲を歩き回り、展望所に戻った。なお、私がここにいる間、ヌクスから日帰りで訪れたらしい欧米人旅行者を1人だけ見かけたが、他にはまったく人はいなかった。最近はムイナクへ来る旅行者は減少しているというが、たしかに大抵の旅行者にとって他の観光地を諦めてまで来る価値があるとは思えないのかもしれない。しかし、環境破壊の現場をこれほど強烈に体感できる場所は、世界にもそうはないだろう。環境問題に興味があれば訪れて損はない。

このページも長くなったので、ムイナクの街中の風景については、次のページに載せることにする。