カンボジア&タイ旅行記(トゥールスレン刑務所博物館 / 前編)

午前11時、トゥールスレン刑務所博物館の前に到着した。ここが今回のカンボジア旅行の主目的地になる。

ここがどういう場所かは知っている人も多いだろう。かつてポルポト時代に収容所だったところで、ここで約2万人が殺されたという。人間の狂気を感じる場所として、以前から訪れてみたいと考えていた。

このトゥールスレン刑務所博物館については、写真が多いのでページを2つに分けている。


8,000リエルでチケットを買い、中に入る。ここは元々は高校の建物だったところで、ポルポト時代に収容所に変えられている。校舎に挟まれた中庭にはいくつかの墓が並んでいた。

中庭を囲む建物の中に当時の資料や写真が展示されている。一通り見てきたが、内容があまりにも凄惨で詳しく説明する気力がない。欧米人の旅行者(なぜかプノンペンで日本人はほとんど見なかった)は多く歩いているが、みんな言葉が出ないらしく、しーんとして見ている。これほど静まり返っている博物館はちょっと記憶にない。

以下、あまりコメントは加えずに写真を並べることにする。まずは部屋の中にぽつんと置かれたベッド。

壁にはこういう写真がある。

これは、ベトナム軍がプノンペンを陥落させ、この収容所を解放したときに撮られた写真。ポルポトのクメールルージュが敗走するときに囚人たちを殺害していったそうで、収容所内は死体であふれていたという。

同じ階には、このような部屋がずらりと並んでいる。

これらの写真を見ていると、ベッドの下のしみがなんだか血の跡のようにも見えてくる。

室内の暗い雰囲気が、明るい屋外とあまりにも対照的。何だか現実とは思えない。

上の階に上がると、黒板が残されている部屋があった。ここが収容所になる前、高校だったころに使われていたものだと思う。

この部屋にもベッドと写真が展示されている。

いったん建物を出て、隣りの建物へ移動する。その途中にあるのが門型に組まれた木。

これは、かつて囚人の首を吊るしたり、後ろ手に吊り上げる拷問に使用していたという。横の案内板に説明図があった。

隣りの建物の中は写真の展示がメインだった。最初はプノンペンに入城するクメールルージュを歓喜で迎える市民たち。解放軍として歓迎したものの、その日のうちに地方へ強制移住させられることになる。

これが諸悪の根源ポルポト。見た感じはそれほど悪そうには思えないが、人間の本性は外見からは分からない。

ポルポトについては、Wikipedia や以下のサイトあたりを参照してほしい。極端な原始共産主義者が自分なりの理想を実現しようとしたのだろうが、結果はわずか4年で国民の約3分の1が殺されるという悲惨なことになった。狂信的な人間が権力を持ったとき、まさかと思うようなことが実際に行われてしまったわけである。短期間でのこれほどの大量虐殺は、世界でも例がないだろう。

続いて、囚人たちの写真がずらりと並んでいた。囚人といっても実際は無実だったわけだが、ここから生還した人は7人しかいないので、この人たちは全員ここで死んだことになる。

たくさん並んでいた中で、一番印象に残っているのがこの子。なんともやるせない気持になる。

死体写真もずらりと並んでいた。

この収容所だけでなく、カンボジア各地にあるキリングフィールド(処刑場の跡)の写真もあった。

囚人の拘束に使われていた足枷。近くで見ると生々しい。

ページが長くなったので、続きは次のページに載せることにする。

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