キルギス旅行記(ルフ・オルド)

チョルポン・アタ中心部のイシククル湖畔に「ルフ・オルド」という公園がある。キルギスを訪れる日本人旅行者自体が少ないうえに、このルフ・オルドはガイドブックにも欄外に数行ほど記載されているだけなので、ここを見たことのある日本人はかなり少ないと思う。

私もここがどういう場所かまったく知らず、イシククル湖を近くで見られそうなので入ってみただけなのだが、ここはとんでもないスポットだった。


チョルポン・アタの中心部にある大通りから横道にそれ、イシククル湖のほうへ歩いていくと下の写真のようなゲートがあった。もしかして関係者以外立ち入り禁止の場所かもしれないと思い、最初は少し躊躇していたが、よく見ると「CALTURAL CENTER」と書かれている。湖畔に出られるようなので思い切って入ってみることにした。

入ってすぐのところにある売店のような建物に近づくと、ここはチケット売り場だった。ここで、この場所が有料の公園ということがようやくわかった。

入場料の300ソムを払い、奥へ進む。先のほうは芝生の広場になっているようだった。

広場のほうへ歩いていくと仏像や梵鐘が並んでいた。ここがどういう場所なのかまったく知らずに入ったのだが、この時点で「どうやら仏教をテーマにした公園のようだ」と気付いた。

しかしながら、公園を囲むように並んでいた白い建物を見てびっくり。以下、建物と屋根の上のシンボルを並べておく。

ええーーーーーーーーーーーー???

いいんですかね、これ。相輪と十字架と三日月とダビデの星と八端十字架が仲良く並んでいる光景など、今まで見たこともない。おそらく、仏教とキリスト教とイスラム教とユダヤ教と正教のシンボルが一堂に会している場所など、世界でもここだけだろう。まさに宗教のごった煮状態。

帰国後に調べてみたところ、数少ない日本語の情報の中に「神様は一人であるという独自の思想のもと、イスラム教、正教会、カトリック、仏教、ユダヤ教、世界の五大宗教が団結する場所」「キルギスで最も有名な詩人チンギス・アイトマートフが、宗教の融合という壮大なテーマに沿って作ったテーマパーク」という記述があった。理念はわからなくもないが、こんなとんでもない場所を作っていいのかという気もする。

それから、五大宗教という言葉があるのかどうかは知らないが、あえて選ぶとすればカトリックと正教会をキリスト教にまとめ(なぜかここにはプロテスタントが無いが)、あとひとつはヒンドゥ教を含めるべきだと思う。

建物の中はこんな感じ。下の写真は仏教とキリスト教の内部で、なんとなくそれぞれの宗教っぽい絵と神像などが置かれている。

広場を囲んでいる建物の中で、唯一わからないものがあった。これも何かの宗教だと思うのだが、このシンボルの正体がわからない。インターネットでヒンドゥ教やゾロアスター教など様々な宗教のシンボルを調べてみたが、該当するものが見つからない。(シーク教に少し似ているような気もするが、やはり違うと思う)

Yahoo! 知恵袋にも「このシンボルの宗教を教えてください」と写真を付けて質問してみたが、回答はなかった。今でも何の宗教なのかわからずにいるので、知っている人がいたらぜひ教えてほしい。

広場の周りの建物だけでなく、広場の中も珍オブジェの山。太ったおっさん同士がしがみついていたり、頭の上に船を乗せた人がしゃがんでいたり、まるで意味がわからない。

この時点ですでに公園内のぶっ飛んだ雰囲気に満腹状態なのだが、気を取り直して湖の方へ歩く。湖畔には恰幅のいい男性の座像があった。ずいぶんと偉そうな態度だが、この人が誰なのかは知らない。帰国後、この公園を作ったというチンギス・アイトマートフかとも思ったが、Wikipedia の写真とは違う気がする。

さらに先へ進むと、ようやく湖畔に出た。もっとも、湖畔にも変わったオブジェが並んでいるので気を抜けない。

では、この公園に入った目的だったイシククル湖へ。今回の旅行で初めてイシククル湖をすぐ近くで見た。もっとも、公園のぶっ飛び具合の方がインパクトが大きくて正直言って感動が薄れてしまった。

桟橋が作ってあるので、湖を上から見ることもできる。さすがに水はきれい。

イシククル湖は流れ込む河川は存在するが流出する河川がないため、古来からずっと水位が上昇を続けているそうで、湖底に多数の遺跡が水没している事が確認されている。岸の近くからでも水中遺跡を見ることができる場所もあるという話を聞いたが、さすがにここからは何も見えなかった。

続いて砂浜に下り、水に触ってみた。予想通り、かなり冷たい。

ここからの対岸の眺め。天気がいいと天山山脈が見えるはずだが、この日はよく見えなかった。

では、再び公園内に戻る。湖畔にはこういうきれいな女性像も並んでいて、それぞれ格好が違うので見ていると楽しめる。

女性像のアップ。当サイトではお約束の写真。

続いて、こちらの建物に入ってみた。館内は展示館のようになっている。

館内には壁にたくさんの絵画が掛けられていて、鷹使いの女性などは中央アジアらしいという気がする。

絵画に続いて、写真が掛けられているエリアもあった。よく見ると、なんだか政治家が多い。

下の写真に写っているのはアカエフ元大統領。キルギスの初代大統領として15年間も権力を握っていたものの、反政府運動の激化によってあっさりとロシアへ亡命してしまった人。工学博士の学位を持ち、政治家になる前は理工科大学の教員だったそうだが、「旅行人ノート」には「科学者であるにもかかわらず横山ノックに酷似した風貌から、日本では総じて肯定的にとらえられてきた」などと、まるで科学者が横山ノックに似ていてはいけないかのような書き方をされている。

キルギスの大統領はわかるが、ロシアの大統領まで来たことがあるらしい。この宗教公園を作った人は政財界のなかなかの大物だったようだ。

別の建物には館内にユルタ(キルギスの遊牧民が住居として使うテント)が再現されていた。それはいいとして、その横になぜか大きなプールがあり、壁画がすごいことになっていた。やはりこれは須弥山だと思う。

あと、面白かったのがこれ。プールへの注水口だと思うが、明らかにちんこ石に見える。これは絶対に愉快犯というか、わざとやっているのは間違いない。こういう遊び心は好き。

建物を出て、もう一度公園内を回ってみた。周囲の植物も、よく見ると作り物が混じっている。こんなところまで凝るという姿勢には本当に感動する。

しかし架空の植物が並んでいると、とたんに奇妙な風景になるということを実感する。現実離れした風景を作りたかったら、まずは架空の植物からということか。

最後に、広場で周囲を見回した動画を載せておく。

この後も公園内を散策して回った。それほど広い公園ではないが、じっくりと見たら1時間以上かかると思う。私が公園内にいたのは2時間ほど。

それから、ここは決して閑散としたB級スポットというわけではなく、意外にも頻繁に団体客がやってきてガイドの説明を受けながら公園内を歩いている。帰国後に調べた情報では「ガイド付きツアーの料金が入場料に含まれている」ということだったが、私はチケット売り場でもそういう話は聞かなかったし、公園内を歩いている時も話しかけられることはなかった。まあ、言語がキルギス語とロシア語しかないそうなので、どうせ言葉がわからないだろうということで放っておかれたのかもしれない。

では、名残惜しかったがこれで外に出ることにした。このルフ・オルドについては、インターネット上でも日本語の情報はほとんどないので、まだ日本人には知られていないスポットだと思う。私も内容をまったく知らずに入ったのだが、ここは本当にすごかった。B級スポット好きなら一生に一度は訪れてほしい場所だと断言できるし、私もいつかまた再訪してみたい。


チョルポン・アタの中心部に戻り、小さなスーパーがあったのでアイスクリームを買ってみた。値段が安いため次々と売れていたアイスクリームがこれで、味は普通。

ゲストハウスに戻ると、馬が繋がれていたのでフランス人たちがホーストレッキングから戻ってきていることがわかった。

しかし、部屋に入っても人の姿が見えない。女主人に聞くと帰ってからすぐに外出したということなので、私も再びイシククル湖へ行ってみることにした。

先ほどはルフ・オルドでイシククル湖を見たが、夏に湖水浴でにぎわうビーチも見てみたい。今はシーズンではないので閑散としているとは思うが、ゲストハウスの女主人に公共ビーチへの行き方を聞いて出かけることにした。湖畔にはホテルのプライベートビーチも多いようなので、入っていい場所を確認しておく必要がある。

「石塀が一部壊れているところがあるので、そこから中に入る」などと、実は不法侵入になりはしないかというような説明を聞き、教えられた道順通りに歩いていくと本当にそういう場所があった。中に入ると保養所のような建物があったが、今はオフシーズンのため閉鎖されているらしく、人の気配がしない。ここから木立の間のきれいな道を歩いていくと湖畔に出た。

下の写真がイシククル湖のビーチ。インターネットで夏のキルギス旅行記などを見ると、このビーチが大勢の湖水浴客でにぎわっている写真を見ることができる。今は水が冷たく、ビーチには誰もいない。(もっとも、夏の時期も水は冷たいらしいが)

ここでも湖水に触ってみた。夏でもこのくらいの水温なら寒中水泳になってしまうが、夏はもっとましになるのだろう(多分)。

閑散としたビーチも雰囲気のいいものだと思う。少し周囲を歩いたが、次第に薄暗くなってきたのでこれでビーチの散策を終えることにした。


チョルポン・アタ中心部の大通り沿いにはレストランやインターネット店などが並んでいる。ここで、昼食に続いてライオン・カフェで夕食にした。この店を選んだのは、1人で気軽に入れそうな店がここしかなかったため。

注文したのはスープとマントゥで、これにチャイを合わせて値段は260ソム。

キルギス料理のマントゥは今回の旅行で初めて食べることになった。見た目からわかる通り味は中国の小籠包そのままで、塩味が効いてかなりうまい。中国語で饅頭を「マントウ」と発音するらしいし、キルギス料理といっても中国から伝わったものだろう。

レストランを出ると、すでに周囲は真っ暗。ナイトスポットのような場所もなさそうなので、これでゲストハウスに戻った。


部屋に戻ると、例のフランス海軍の2人の姿が見えない。夕食のために外出しているのだろうと思い、この日の記録をノートに記したり、ガイドブックのコピーを読み返したりして過ごした。

夜9時半、2人が戻ってきた。周囲にはナイトスポットのような店はなく、そもそも明かりのついている店も少ないというのに、いったいこの2人は今までどこにいたのか不思議に思ったが、私も英語が得意というわけではないので聞くことは諦めた。

そして、ある程度は予想していたことだが、この2人はビールやウォッカを何本も買ってきていた。というわけで、ここからは3人で酒盛り。まあ、欧米人と同室になると往々にしてこういうことになるということだろう。

私は酒はあまり飲まない方なので、さすがにウォッカはやめておいた。キルギス・コロナというビールを飲みながらいろいろと話をしたが、お互いに片言の英語なので、むしろネイティブよりは意思の疎通が図りやすい。私がアルティン・アラシャンの温泉でセルフタイマーで撮った写真を見せたら大ウケしていたし、まだフランス本国には行ったことはないが(ニューカレドニアだけ)、いつかモン・サン・ミシェルを見たいと言ったら1人はすぐ近くが出身地ということも話してくれた。この2人はアルティン・アラシャンには行かなかったものの今回の旅行では結構本格的なトレッキングをやってきたらしく、かなり山奥の写真なども見せてもらった。

お互いのガイドブックも見せ合ったが、やはりフランス人もロンリープラネット(フランス語版)を使っていた。私は荷物を減らすために「旅行人ノート」と「地球の歩き方」のキルギスのページをコピーして持ってきていて、それを見せたら「いったいこの文字は何画あるんだよ」「こんな複雑な文字をよく覚えられるな」なんていうことを話していた(もちろんフランス語だが、内容は雰囲気でわかる)。アルファベットだけを使う人から見ると、漢字というのはとんでもなく難解に見えるのだろう。

一人旅だと、バックパッカーの溜まり場になっているようなゲストハウスにでも泊まらない限りそれほど旅行者同士の交流があるわけでもないので、ときにはこういうのも面白い。日本人同士の飲み会のように深夜まで飲み続けるようなことはなく、11時半で切り上げ、久しぶりのドミトリーで就寝。