コソボ&アルバニア旅行記(サランダ~ティラナ)

アルバニア滞在4日目。この日でアルバニア南部を離れ、首都ティラナに戻ることになる。

今回の旅行では、アルバニア中部のベラティに滞在するか南部のジロカストラとサランダに滞在するか迷った末に南部を選んだのだが、結果として落ち着いたジロカストラと明るいサランダという対照的な町を見ることができた。ただ、次回アルバニアへ来るときはベラティにも滞在してみたい。


朝6時半に起床。今日もいい天気。

ホテルをチェックアウトする前に、しばらく海沿いを歩いてみた。朝の散策をしているらしい地元の人たちとときどきすれ違う。

人だかりができていたので、近寄ってみたら漁師さんが戻ってきたところだった。しばらく眺めていたが、この日の漁獲を岸壁の上に並べているところでホテルに戻ることにした。この後、ここで魚の即売をやるのかもしれない。

ホテルに戻って荷物をまとめた後、8時にチェックアウトし、歩いてバスセンターへ。バスセンターといっても道路沿いにバスが何台か停車しているだけで、ティラナ行きのバスはすぐに見つかった。チケットは車内ではなく近くのオフィスで購入し、料金は1,300レク。今回乗るのはミニバスではなく通常の大型バスだった。

ミニバスとは違って定時運行らしく、満員になるのを待たずに8時半に出発した。町を離れるまで海を眺めていたが、はたしてこの町を再び訪れることはあるだろうか。

前日と同じルートなので、しばらくはブルーアイ方面から流れてきたきれいな川に沿って走る。

サランダを離れると山道になり、ブルーアイの前を通過。ここの水中洞窟を見たのは2日前だが、何だか懐かしい。

途中の車窓風景をまとめて載せておく。羊が群れていたり、景色を眺めていると本当に飽きない。アルバニアを旅行する際は、ジロカストラ~サランダ間の眺めはぜひ見てほしい。

山道を抜けると、ジロカストラに続く平野が現れた。九十九折れを繰り返しながら坂道を下りていく間、果たしてこの景色をまた眺めることがあるだろうかと考えていた。

平野の道路に合流し、快調に飛ばしているときにアルバニア名物のトーチカが見えた。冷戦時代、東側陣営でありながらソ連とも距離を置いて鎖国状態だったため、アルバニア各地には戦争に備えてトーチカが建設されたという。その数は実に75万基だそうで、現在でも30万基が現存しているらしい。今はそれらがアルバニアの密かな名物になっている。

無事にトーチカも眺めた後、バスはジロカストラの町を過ぎて快調に走る。周囲の眺めも本当にきれいで、アルバニアが自然豊かな国ということがよく分かる。もっと日本人旅行者に人気に国になってもよさそうな気がするが。

途中、名前も分からない町に停車。この町の広場にもスカンデルベグの像があるのかと思ったが、名前を見たら ALI PASHE TEPELENA という別の人物だった。インターネットで少し調べたところ「オスマン帝国時代のバルカン半島南西部を治めた領主」だそう。

サランダから2時間、道路脇にカフェがあるところで休憩になった。こちらがサランダ~ティラナのバス。

このカフェ以外、周囲には店はない。建設中のモスク(多分)があったので、作業風景などを見学してきた。愛想のいい作業員にこちらも笑顔で挨拶した後、バスに戻って出発。

こんなに自然がきれいな国なのに、なぜ日本人が来ないんだろう。物価も安いし、治安も問題ないし、路線バス網もそれなりに発達しているし、旅行しないのはもったいない。このページを見て、アルバニアに興味を持つ人が現れたら嬉しい。

ティラナに近づいてきたとき、列車が走っているのが見えた。おそらく、あれがティラナ~ドゥラスの路線だろう。設備が老朽化して時間が当てにならないアルバニア国鉄で、短距離のため旅行者にとって唯一利用価値があるとされている路線になる。ただし、今回はドゥラスへ行くことは諦めているので、乗る機会はない。

ドゥラスはティラナ近郊にあるビーチリゾートの町で、興味はあったのだが日数が足りず、計画段階で諦めていた。あの列車に乗れないのが残念。

(ただし、後述する理由でドゥラスへ行けることになった。このときは「これでアルバニアの列車に乗れる!」と喜んだが、今度は別の理由で乗れなかった。詳しいことは次のページで)


サランダから約5時間半、午後1時50分にティラナのバスターミナルに到着。3日ぶりに首都ティラナに戻ってきた。バスを下りると、ちょっと懐かしい双頭の鷲のエンブレムが見える。

予約しているホテルがあるのは市街中心部のスカンデルベグ広場近くなので、バスターミナルからは少し距離がある。このため、タクシーを利用して移動したのだが、運転手はホテルの場所を知らないらしい。バウチャーを見せると自分の携帯電話を使ってホテルに連絡し、ようやくわかったようだった。

しかしながらホテル前の道路は工事中で車が入れないということで、少し離れた場所でタクシーを下りた。すると、ここでも運転手がホテルに電話をかけ、迎えの人が来てくれることになった。なかなか親切な運転手と思ったが、要求されたタクシー料金は少し高め。まあ、仕方がないので言い値で払った。

道路沿いで待っているとホテルのスタッフがやってきたが、その格好がいかにも高級ホテルのドアマンという服装。予約サイトで見た写真は中級ホテルだったのに、もしかして相当な高級ホテルを予約してしまったのかもしれない。などと思いながらついて行くことにした。

少し歩くと予約していた HOTEL NOBEL が見えてきたが、スタッフは前を通り過ぎようとしている。急いで「このホテルですよ」と声を掛けたところ、なぜか「え? このホテル?」と戸惑ったような表情を見せてから歩き去っていった。何となく釈然としない気持になったが、この経緯は後でわかった。

こちらがホテルの外観。

ホテルに入ると、レセプションの前に年配の女性が立っていて、スタッフがどこかに電話をかけている。後ろで待っていると誰かがホテルに入ってきたが、見ると先ほど迎えに来てくれたスタッフ。スタッフ同士で話をしている姿を見て、ようやく事情がわかってきた。つまり、私の他に近くの高級ホテルを探している客がいて、迎えに行ったスタッフが見事に取り違えてしまったらしい。お互いに苦笑しながら、スタッフは女性客と一緒にホテルから出て行った。

これでようやくチェックインできると思ったが、今度はこちらのスタッフが戸惑っている。どうやら予約が入っていないようなので、バウチャーを見せたところ「これは5月6日の予約ですね。今日は5月5日ですよ」と予想外のことを言ってきた。PC の画面を見せてもらったが、確かに予約が翌日に入っている。

少し混乱したが、よく整理してみると、旅行前に大まかな移動の予定を組み立てる際、なぜか1日少なく考えてしまっていたらしい。このため、ティラナに1日早く来てしまったことになる。幸い、この日も空きがあるそうなので宿泊できることになったが、自分でも初めての出来事で、なぜこんなことになってしまったのかわからない。

翌日がアルバニア出国の日と考えていたが、これで翌々日に伸びた。最初は「しまった、コソボにもう1日滞在できた」と思ったが、見方を変えれば、予定では諦めていたドゥラスへ行くことができる。ここはポジティブに考えることにした。

想定外の出来事が続いた後、ようやく部屋へ移動した。部屋は狭いが、清潔だし快適。

少し休憩した後、ティラナの町を歩いてみることにした。


ホテルを出て数分歩いたところに、ティラナの中心部になるスカンデルベグ広場がある。アルバニアの英雄スカンデルベグの大きな騎馬像がある芝生の広場の周りを道路が囲んでいるという広場で、道路に面した建物の中で一番目立っているのがこちらのオペラ座。

広場周辺を歩く前に、Kolonat というファーストフード店で昼食にした。注文したのはハンバーガー、ポテト、ペプシのセットで、値段は530レク。

なぜこの店に入ったかというと、以前はロゴと外観がマクドナルドの明らかなパクリだったそうで、それがネット上で少し話題になっていたため。ただ、さすがに本家からクレームがあったのか、今はごく普通の見た目になっている。味はまあまあだが、そもそもファーストフード店に味は期待していないので、満腹になれば問題ない。

昼食後、芝生の広場を歩いてみた。下の写真から分かる通り、芝生エリアはかなり広い。

芝生広場の中央に立っているのが、こちらのスカンデルベグの騎馬像。かなり大きく、近くで見ると迫力がある。さすがアルバニアの英雄といわれている人物だけあって、製作の際に相当な気合が入ったのだろう。

騎馬像を眺めた後、広場周辺を歩いてみた。ミナレットが目立っているのがジャミーア・エトヘム・ベウトというモスクで、隣には時計塔もある。

続いて広場から東の方向へ歩いてみた。しばらく歩くと、なんだか生活臭のあるアパートが並んでいた。こういう景色は好き。

このあたりで引き返し、続いて広場から南へ延びる大通りを歩いてみた。こちらは、途中にあった改装中の建物。作業用の覆いに絵が描かれているところが面白く、完成後の外観とまったく違う絵だとしたら、それはそれで笑える。日本の工事現場でも、こういう遊び心が欲しい。

この大通りにある信号機が、変わっていて面白かった。この通り、柱の部分まで一緒に光るようになっていて、こういう信号機は今まで見たことがない。夜になると赤や緑に光っていて実にきれいだったので、日本にも欲しい気がする。

なお、夜間の眺めについては、次のページに載せる予定。

大通りの端にあるのがマザーテレサ広場で、その先はティラナ大学になっている。しかしアルバニア人は何にでもマザーテレサの名前を付けたがる。民族の偉人なのは分かるが。

石段に座って少し休んだ後、引き返すことにした。

マザーテレサ広場からスカンデルベグ広場へ戻る途中、ティラナでぜひ見たいと思っていた建物に立ち寄ってみた。それがこちらの国際文化センター。

見ての通り、大きなピラミッド型の建造物。屋根がピラミッド型の建物は少なくないと思うが、このような完全ピラミッド型は珍しいと思う。中に入ってみたいものだが、残念ながらすでに閉鎖されていて廃墟化している。

もっとも、閉鎖されているのは事前に知っていたので驚きはない。今は地元の若者たちの遊び場になっていて、10人ほどがコンクリートの斜面を上って楽しんでいた。上ってみたい気もしたが、ちょっと危険そうだったので自粛。

しかし、こういう珍建築を再利用しないのはもったいない。いつか改装して再オープンすることを願っている。

ティラナの町を歩いていて気づいたのは、道端に犬が多いということ。どの犬も耳にタグがつけられているので、完全な野良犬ではなく市によって管理されているらしい。これなら近づいても多少は安心。

市民の憩いの場になっているらしい公園もあった。子供用の玩具を売っている露店もあるし、親子連れや老夫婦と孫の光景を眺めていると微笑ましい。

アルバニアはヨーロッパ最貧国などと言われることがあるが、街中の景色を眺めていて思ったのは、最貧国といってもあくまでヨーロッパの話ということ。アジアの途上国などと比べると、まだまだ余裕があると思う。

スカンデルベグ広場に戻り、モスク横の時計塔に立ち寄ってみた。事前の情報では時計塔に登ることができるということだったが、入口が厳重に閉まっていてオープン時間も書かれていなかった。

この後、ティラナ滞在中に何度か時計塔へ来てみたが、一度も開いていなかった。今は登れなくなったのかもしれない。

いったんホテルに戻って休憩し、再び外出。アルバニアには UFO 大学があるらしい。

調べたところ、これは “Universitas Fabrefacta Optime” の略だった。おそらく演劇に関する大学だと思う(違っていたらすみません)

薄暗くなると、スカンデルベグ広場の周りにある建物がライトアップされてくる。

すっかり暗くなると、ライトアップされた広場周辺の建物がきれいに光るようになった。広場を縦横に歩きながら、様々な夜景を撮ってみた。

この日は、ホテルのすぐ近くにある安そうなレストランで夕食にした。注文したのはビールとケバブで、最後に紅茶を頼んで値段は全部で290レク。値段がかなり安いが、ケバブも量が少なかった。そのため、その後の散策中にカフェでケーキとマキアートの夜食にした。こちらの値段は380レク。

夜8時半過ぎにホテルに戻り、この日は0時に就寝。