マレーシア&台湾旅行記(キナバル登山 / 1日目)

いよいよキナバル登山開始の日。この日は山頂付近の山小屋まで登り、そこで1泊。深夜に出発して山頂で日の出を見てから、その日のうちに下山することになる。

かなり大変な2日間になりそうだが、ともかくも初めての4,000m峰を楽しむことにした。


朝5時半に起床。朝食後、6時半にホテルをチェックアウトした。ただし、下山後はまたこのホテルに泊まるので、登山に必要ない荷物はホテルに預けておくことになる。

ロビーは多くの宿泊客で溢れていて、みんなキナバル山に登るらしい。このホテルにこんなに多くの登山客が泊まっているとは思わなかった。

やがて送迎のバスが来たが、マイクロバス程度の小型バスを予想していたら大型のバス。しかもすでに多くの登山客が乗っていて、バスは満席。改めて、キナバル登山の人気ぶりを実感した。

コタキナバルを離れ、キナバル登山口にあるキナバルパークへ。途中、車窓にキナバル山が見えた。これから、あの山に登ることになる。

8時にキナバルパークに到着。ここで登山の申し込みを行うわけだが、その前に再びキナバル山を眺めてみた。本当に、あそこまで登れるだろうか。

申し込みを行うのは、こちらの事務所。11年前にキナバルパークを訪れた際、下山したばかりの登山客が多くたむろしていて「いつか自分も登りたい」と思った場所になる。11年経って、今度は自分が登る側になって再訪できた。

ここで登山の手続きを行い、今回のガイドさんと対面した。ガイドは申込み単位で1名が付き、今回は私一人で申し込んでいるので1対1で登ることになる。雇用対策のためガイドは必ず地元の人が担当しているそうで、今回は30代くらいの男性だった。

ガイドさんに挨拶し、装備の確認をしてから出発。ゲートの前までは車で移動し、ここからいよいよ登り始めることになる。

8時40分に登山開始。しばらくは下り勾配が続き、きれいな滝があったりする。ガイドさんの話によると、ベテランのガイドには週2回の登山を20年以上続けている人もいるそうで、ということは総登山回数は2,000回以上ということになる。世の中にはすごい人がいるもの。

下り勾配はすぐに終わり、ここからはひたすら登り続ける。尾根みたいなところを歩いているときは、視界も開けて遠くまで見通せる。

途中、ウツボカズラもあった。

そして、印象に残っているのがこちらの風景。山小屋エリアまで物資を運んでいる人たちで、燃料や食料品や飲料水を背負って登っている人を大勢見かけた。これら人足の人たちのおかげで登山客が山小屋に滞在できるわけで、そう考えると物資を無駄にはできないという気持ちになる。

それにしても、背負っている荷物はかなりの重さがあるはず。本当に感謝。

登山道には、登山口からの距離と標高を記した案内板が0.5キロおき程度に設置されている。2キロの地点での標高は2,252mになっていて、登山口の標高が1,867mなので、385mを登ってきたことになる。

1キロおき程度に「シェルター」と呼ばれる休憩地点が作られている。そこで休んでいるとリスがいた。日本ではリスなんて滅多に見る機会はないから、ちょっと感動。

休憩地点以外では、ひたすら登り続ける。

周囲の風景は熱帯雨林。

登り始めてから2時間40分、午前11時20分に Layang-Layang Hut(ラヤンラヤン・ハット)という休憩地点に到着した。登山口から4キロ過ぎの地点で、スタッフ小屋が作られている。ここで昼食。

昼食は、こちらの弁当。チキンがたくさん入っていて豪華だった。こういうところで食べる弁当はすごくおいしい。

昼食を食べながら、登山道の続きを眺めてみた。この石段をずっと登っていかないといけない。

ちなみに日本でレンタルしてきたポケット WiFi だが、この休憩地点でも電源を入れると問題なく使えた。便利な時代になったものだ。

昼食後、登山を再開。岩場の登山道をひたすら登っていく。

登山道から4.5キロ地点の標高は2,898m。すでに1,000m以上を登ってきたことになる。予想外のペースに自分でも感動。

しかし、キナバル山を眺めると目的地はまだまだ遠い。

このあたりで、ガイドさんが「こちらに見せたいものがある」と言って脇道に入っていった。

脇道の先にあったのはウツボカズラの群生地。登山開始直後に見たウツボカズラとは種類が違うようで、ちょっと太めの卵型をしていた。

ウツボカズラに溜まっている消化液のアップ。この縁に虫がとまったら、たしかに滑り落ちるはず。生きながら溶かされるって、どんな気持ちなんだろう。

まだ開いていないウツボカズラもあった。角度によっては、ちょっと卑猥な形に見えなくもない。

脇道から登山道に戻り、再びひたすら登り続ける。標高が高くなると周囲も熱帯雨林という風景ではなくなってきて、遠くが見渡せるようになる。

山の岩肌を見上げると、なかなかの絶景で迫力がある。ただし、この時点で足はすでにパンパン。

後ろを振り返って、麓を眺めてみた。まだまだ先は長いが、しかし登ってきた高さに自分でも感動。

この山が「初心者がもっとも容易に登れる4,000m峰」と呼ばれているのは、登山道が整備されているという意味であって「勾配が緩やか」ということではないことを実感しながら、さらに登り続ける。

しかし山の眺めは本当に絶景なので、「疲れが吹き飛ぶ」なんてことは決してないが、少なくとも「ここへ来てよかった」とは思えた。

開けた登山道の途中にある Vilosa Shelter に到着。ここで少し休憩。

シェルターを出発してすぐ、5キロ地点に到達。ここの標高が3,001mになっていた。ついに3,000m越え!

しかし、まだ登山道は続く。ひたすら先へ。

ここまで登ってくると、山の斜面を登っていく雲が自分と同じ高さに見えるようになる。

物資を運んでいる人だけでなく、こういう登山道を整備してくれた人たちにも感謝。

やぶの中に、こういう鳥がいた。おそらく「ガビチョウ」の一種だと思うが、違っていたらメッセージで知らせてほしい。

そろそろ、この日の目的地が近いはず。地面が石だと足への衝撃も大きいので、もう疲労困憊。

そして、登山開始から約5時間半、午後2時15分に山小屋エリアにたどり着いた。いやー、疲れた。

しかし、大変に疲れた分、山小屋が見えてきたときの感動もまた大きかった。山小屋エリアへ歩くと「PANALBAN」という碑が見えてきた。

この碑に書かれていた標高は3,272.7m。つまり登ってきた高さは1,400mほど。ただしキナバル山の最高峰ロウズピークは標高4,095mなので、ここからさらに800mほど登らないといけない。

ここで「そういえば高山病は大丈夫みたい」ということに思い至った。3,000m越えの地点であれば高山病になる人もいるはずだが、登山が大変すぎて高山病のことなんて完全に忘れていた。

では、宿泊する山小屋へ。こちらが今回利用する LABAN RATA ゲストハウスで、入口の上に「BLESS THIS LABAN RATA RESTHOUSE AND ALL WHO ENTER」と書かれていた。「すべての人に祝福を」というのは嬉しい。

世界各地のステッカーが貼ってあるドアを通って食堂へ。このドアの上には「NOTHING IS IMPOSSIBLE(不可能はない)」と書かれていた。

こちらが食堂。ここにある食料品や燃料などは、すべて人足の人たちが運んできてくれたもの。本当に感謝。

売店でオレンジジュースを買って休憩。オレンジジュースの値段は12リンギで、つまり300円以上する。しかし、この場所なら値段も納得。

それから、レンタルしていたポケット WiFi も問題なく使えた。この山小屋にはフリー WiFi がないことからレンタルしてきたわけだが、本当に便利な時代になったもの。

休憩後、食堂の外にあるテラスから景色を眺めてみた。

さすがに3,000m越えの地点なので、雲海が眼下に見える。

ガイドさんと翌日の予定について打ち合わせして、宿泊する部屋に移動した。こちらがこのとき宿泊したドミトリー4人部屋の13号室。

私のベッドはこちら。

荷物を広げてみた。普段ダイビングで使っているタオルを持ってきていて、標高3,000m越えの山小屋でアクアラングのタオルを使うというシュールさ。

この山小屋のドミトリーは「女性専用」と「男女混合」の部屋に分かれていると聞いていた。なので、同室になるのは当然男性と思っていたが、なんと先客は若いフランス人女性だった。

上の写真は、その女性が部屋を出ているときに撮ったもの。女性専用部屋もあるというのに、あえて混合部屋を選ぶのがすごい。おかげで、こちらが気を使ってしまう。

部屋で少し休憩し、外出して周辺を歩いて見た。山小屋エリアから見上げた山頂方向の眺め。

宿泊している LABAN RATA ゲストハウスの全景。細長い建物ということがわかる。

長い階段があった。深夜、まずはこの階段を上がって山頂へ向かうことになる。

山小屋に戻り、食堂へ。テラスから外を眺めると見事な雲海。

午後5時から夕食。ビュッフェ形式で、予想以上にいろんな料理が並んでいた。繰り返すが、これらの食材は人足の人たちが運んできてくれたものなので、無駄にはできない。ありがたく頂いてきた。

このときに宿泊していた人たちだが、一番多かったのは欧米人の登山客で、その次が韓国人だった。日本人はほとんど見かけず、これはちょっと残念。

夕食後、外を眺めると夕陽と雲海が絶景だった。

夕食後、シャワーを浴びることにしたが、さすがに温水は出ない。そして、山の上だけあって、この水がとんでもなく冷たかった。死ぬような思いをして体を洗い、暖を取るためにしばらく食堂に滞在。

何しろ頭を洗おうとすると激しい頭痛が起きるほどの冷水だったので、こんな思いをしたくない人は日本からウェットタオルを持参して体を拭くだけにしておくことをおすすめする。

翌日は深夜2時過ぎに出発することになる。それに備えて、午後7時に就寝。

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