私の出身校の東京商船大学(現・東京海洋大学海洋工学部)には練習船に乗って実習を行う乗船実習という制度があり、その中で遠洋航海を行う。私にとっては、この航海で訪れたヌーメアが初めての外国だった。
もう数十年前のことなので、このページは写真が中心。
青雲丸(1991年12月16日乗船~1992年3月11日下船)
1968年建造、総トン数4990トン、全長115mのディーゼル船。
1997年、2代目の青雲丸が進水したため、旧青雲丸は中南米の方に売船になった。いまはどこにいることやら。
横浜出港 | 1月24日 |
ヌーメア(ニューカレドニア)入港 | 2月7日 |
ヌーメア(ニューカレドニア)出港 | 2月11日 |
オークランド(ニュージーランド)入港 | 2月15日 |
オークランド(ニュージーランド)出港 | 2月20日 |
(沖ノ鳥島) | 3月4日 |
東京入港 | 3月9日 |
日本最南端の沖ノ鳥島は、普通は一般人が行けるような場所ではない。このときはもちろん上陸したわけではなく周囲を2周しただけだったが、それでも貴重な体験だったと思う。もう沖ノ鳥島を近くで見る機会はないだろう。
ちなみに沖ノ鳥島と似た名前で「中ノ鳥島」という島がある。実在している島ではないが、その「発見」から消滅までの経緯がなかなか面白い。中ノ鳥島については、おそらく以下のサイトがもっとも詳しく記述されている。
上記サイトには中ノ鳥島以外にも「海図から消えた島」がいくつか紹介されていて、それぞれの話が非常に興味深い。写真は撮れなかったが、私は遠洋航海中に 孀婦岩 も遠望しているので、グランパス島についての話が面白かった。
また、沖ノ鳥島と排他的経済水域との関係についても詳しく解説されているので、興味があれば読んでみてほしい。
海王丸(1992年3月16日乗船~1992年9月2日下船)
1989年建造、総トン数2556トン、全長110mの帆船。
日本の帆船が大西洋へ行くことは滅多にない。このときは、1992年がコロンブスのアメリカ発見500年にあたり、ニューヨークとボストンで帆船パレードがあったため、それに参加するための航海であった。世界中から集まった帆船によるパレードの他、実習生のパレードがあり、メインストリートを行進することができた。
なかなか面白い経験だったが、あれからもう数十年経つんですね。
東京出港 | 5月8日 |
ロングビーチ入港 | 6月4日 |
ロングビーチ出港 | 6月9日 |
パナマ運河通航 | 6月23日 |
ニューヨーク入港 | 7月4日 |
ニューヨーク出港 | 7月8日 |
ボストン入港 | 7月11日 |
ボストン出港 | 7月16日 |
パナマ運河通航 | 7月24日 |
ホノルル入港 | 8月12日 |
ホノルル出港 | 8月17日 |
東京入港 | 9月1日 |
近況(2021年)
卒業後は紆余曲折あって今は長崎県佐世保市に住んでいる。2021年4月、佐世保市内を車で走っていると見覚えのあるデザインのファンネル(船の煙突)が見えた。近くに寄ってみると、2代目の青雲丸が入港していた。
2代目なので自分が乗った船とは違うものの、それでも青雲丸という名前を見ると懐かしい。自分にとって初めての外国は、青雲丸で寄港したヌーメアだった。南十字星やマゼラン星雲を見つけて喜んだり、南太平洋でそれはそれは見事なグリーンフラッシュを見たのを憶えている。
佐世保に住んでいると、いろんな船との出会いがあるから楽しい。
(2021.4.30)
青雲丸を見た翌々月、今度は海王丸が佐世保港に入港していた。自分が乗ったことのある練習船に立て続けに遭遇するとは、かなりの幸運だと思う。
もっとも、かつてこの船に乗っていた実習生だからといって乗せてくれるわけではない。舷梯から先を眺めるだけ。
かつて、あのマストに登っていたんですねえ。普通はできない経験だし、やっぱり帆船は格好いい。
ロープを引きながら甲板を走り回ったこと、マストの頂上から見渡した水平線、マストに登っていたときに一瞬だけ両手が離れて落ちそうになったこと、夜中に甲板に寝て降ってきそうなほどの満天の星空を眺めたこと、見張りを担当していたときにボーっと前を見ていたら士官が仁王立ちでこっちを見ていることに気付いて一気に眠気が覚めたことなど、なんだか懐かしい。
以下、遠洋航海のときの写真を追加で載せておく。ニューヨークのブルックリンに停泊中の写真には、背景に今はなくなった世界貿易センタービルのツインタワーが写っている。
下の写真はボストン出港時の登檣礼。赤い丸印が私。
一番上のヤードから下を見下ろした風景。高さが実感できるだろうか。
今後も、青雲丸と海王丸に遭遇する機会はあると思う。楽しみにしておきたい。
(2021.6.10)