バングラデシュ旅行記(バゲルハット)

バングラデシュ滞在3日目。この日はクルナの近郊にあるバゲルハットという町を訪れることにしていた。バゲルハットには世界遺産に登録されているモスク群があり、クルナから日帰りで行くことのできる観光地として人気があるという。わりと広い範囲に点在しているモスク群をリキシャを使って回ってきた。


朝8時半に起床。ホテルを出る際、フロントでエアコン付きの部屋に変えてもらいないか聞いたところ、大丈夫ということなので部屋を移ることにした。エアコンなしの部屋が暑すぎたというわけではなく、グレードの高い部屋を見てみたかったというのがその理由。

ホテルを出て、まずは朝食にした。安食堂でチャパティを焼いているのが見え、うまそうだったので入ってみた。野菜カレーをはさんで食べると、かなりうまい。

朝食後、リキシャで渡し舟の乗り場へ向かう。持っているガイドブック「旅行人ウルトラガイド」にはクルナの地図は載っていないが、町外れにある船着場から渡し舟で対岸に渡り、そこからバスでの移動になるというのは旅行前にインターネットで調べておいた。

ホテルから10分弱で「ルプシャ・ガット」という名前の船着場に着いた。渡し舟の利用客が大勢歩いていて、それを目当てにした露店がたくさん並んでいる。リキシャを降り、少し歩くと船着場が見えてくる。なお、リキシャの運賃は15タカ。

ここから渡し舟で対岸へ渡るわけだが、川を見ると多くの渡し舟が行きかっていて、そのどれもが転覆しそうなくらい満員になっている。ここではときどき転覆事故が起きているという話を聞くが、この状態では無理もないという気がする。

しかし川を渡らないわけにはいかないので、次々と発着する小船に乗ることにした。これ以上乗れないくらいまで人が乗り込むとすぐに出発し、集金係の子供(おそらく8歳前後)が運賃を集めて回る。バングラデシュには、このように学校に行かずに働いている子供がたくさんいるものと思われる。ちなみに運賃は2タカで、日本人の感覚からすれば激安。

下の写真は、渡し舟で川を渡っているときの光景。人が密集しているため、うまく写真が撮れなかった。

転覆することなく無事に対岸に着き、陸に上がるとすぐにバスセンターがある。バスセンターといっても待合室などの建物があるわけではなく、広い敷地内にたくさんのバスが停まっているだけ。建物は何もなくても、敷地内に入るにはバスセンター利用料の1タカが必要で、入口で係員が徴収している。2タカ硬貨を渡し、釣りをもらって中に入ると、物乞いの老人が数人たむろしている。手を差し出してきた1人の老人に釣りの1タカを渡し、バゲルハット行きのバスを探すことにした。

各バスは車掌が大声で客集めをしているので、目的のバスはすぐに見つかった。予想通りボロボロのバスで、車掌がバスを力一杯に叩きながら客集めをやっているため、外板がボコボコになっている。さらに、乗り込んで後方に座ると、床に穴が開いていてタイヤが見える。こういうバスが現役で動いていることに感動してしまう。

出発前にバスの中から見たバスセンターの風景。

次第に客が集まってきて、11時に出発した。運賃は、出発後すぐに車掌が車内を回って回収している。バゲルハットまでの料金は30タカで、この国では交通費は本当に安い。

出発後、しばらくは近くを回ってさらに客を集めるらしく、頻繁に停車してその度に客が乗り込んでくる。途中、なぜだか一ヶ所で10分以上も停車したりしたが(言葉が通じないので、これほど長く停車した理由はわからなかった)、やがて満員の乗客を乗せてバゲルハット方面へ走り出した。

国土が平坦な国ということもあるのか、走行中は思ったほどの振動もない。終点に着く前に、ここのモスク群のメインといえる「シャイト・ゴンブス・モスジット」の前に停まり、数人の乗客が降りていった。一緒にここで降りることも考えたが、やはり路線の始点から終点まで乗り通してみたかったこともあり、このまま終点まで行くことにした。

わりと快適な移動を終え、12時に終点バゲルハットのバスセンターに到着した。雑然とした感じのバスセンターの前には乗客目当てのリキシャがたくさん待機しているが、この町のリキシャ引きは観光客ずれしていないようで、外国人旅行者を見ても寄ってこない。道を挟んで向かい側に並んでいる小汚い店でチャイを飲んで休憩し、バスセンター内を少し見学した後、シャイト・ゴンブス・モスジットへ戻ることにした。

リキシャで移動することも考えたが、ちょうどクルナ方面へ行くバスが出発するということなので、再びバスに乗ることにした。シャイト・ゴンブス・モスジット前までの料金は10タカ。

5分ほどで到着し、バスを降りると目の前にモスクへの入口がある。

このシャイト・ゴンブス・モスジットは、1985年に世界文化遺産に登録されている。旅行前に「世界一しょぼい世界遺産」などという話も聞いていたので、内容がどの程度のものか、確認することにする。

門の横で入場料の100タカを払い、チケットをもらう。100タカというのはずいぶんと高額に思えるが、もちろんこれは外国人料金。よく覚えていないが、バングラデシュ人料金は10タカ程度だったと思う。

門の中に入り、少し歩くと目当てのモスクが見えてくる。シャイト・ゴンブス・モスジットとは、ベンガル語で「60のドームを持つモスク」という意味だそうで、名前の通りに屋根の上に円形のドームが並んでいる。最初に見たときは、不謹慎ながら「たこ焼きを焼く鉄板みたいだな」という感じがした。

さまざまな角度から見たシャイト・ゴンブス・モスジット。

最初は、イスラム教徒以外は入ってはいけない場所かと思っていたが、ここで出会ったムスリムの一団(みんな白装束で頭に帽子を被っていたので、聖職者たちだと思う)に確認したところ、誰でも入っていいということだった。そこで、入口で靴を脱ぎ(モスク内はもちろん土足厳禁)、中に入ってみた。

内部は薄暗く、ちょっとひんやりとしている。柱がたくさん並んでいる構造になっているため、遠近感が感じられる景色になり、意外と面白い。

モスク内では1人の男性がござの上に座ってコーランの朗誦をやっていた。周知の通り、イスラム教は偶像崇拝禁止なので、キリスト教の教会で多く見られる聖者の像などは一切ない。邪魔にならないようにモスク内を控えめに見学し、外に出た。

というわけで、シャイト・ゴンブス・モスジットを見た感想はどうだったかというと、前評判通り、正直言って「何でこれが世界遺産?」という感じの建物だった。まあ、専門家が見ればそれだけの価値があるのだろう。

モスクの裏手には大きな池がある。石造りのベンチが並んでいたので、しばらく水面を眺めながら休憩した。

ベンチに座っていると、欧米人男性2人と日本人らしい女性1人が歩いてきた。話してみるとやはり日本人で、この人たちがバングラデシュで初めて出会った外国人の個人旅行者だった。

池のほとりにあった露店でジュースを買い、休んでいると地元の子供たちが話しかけてきた。こういう場合、国によっては物売りの波状攻撃に手を焼くことも多いが、外国人旅行者がほとんどいないこの国では、そういうことはない。この子供たちも純粋に外国人が珍しかっただけらしく、しばらく話をしたら(といっても、言葉はまったく通じないが)、わりと喜んでいた。

シャイト・ゴンブス・モスジットの敷地内には、小さな博物館がある。展示品の中に、なぜか大きなワニの模型が置いてあり、チープな作りが面白かったので写真に撮ってみた。

シャイト・ゴンブス・モスジットを出て、周辺に点在しているモスク群を周ることにした。下の写真は、道をはさんでシャイト・ゴンブス・モスジットの向かい側にあるシンガー・モスジット。

こちらは、屋根の上のドームはひとつだけ。靴を脱いで中に入ってみたが、床が汚いので靴下がすっかり汚れてしまった。これはこの後に回ったモスクも同様で、どうやら床がきれいに掃除されていたのはシャイト・ゴンブス・モスジットだけだったようだ。結局、モスクめぐりを終えるころには靴下は真っ黒になっていた。

ここから細い道をかなり奥へ進んだところに、チュナ・コラ・モスジットというモスクがある。歩いていくのは疲れるので、ここはリキシャを利用することにした。近くにたむろしていたリキシャ引きに声を掛けようとしたところ、道端の店に並んでいた瓶ジュースが目に入った。そこで、店に入ってジュースを買ってみた。

これが、瓶入りのマンゴージュース。このジュースはこの後バングラデシュ各地で見かけたので、かなりポピュラーなものと思われる。この瓶を持ち帰りたかったのだが、どの店も飲み終わった後に瓶は返却しなければならず、残念ながら持ち帰れなかった。味はどうかというと、予想通りかなり甘い。

では、リキシャでチュナ・コラ・モスジットへ。ここは途中の道がかなり石ころだらけで、起伏も大きいためリキシャ引きはかなり大変だと思われる。年配のリキシャ引きが苦労しながら進んでいくのを、後ろで恐縮しながら乗っていた。

途中から地元民のひなびた集落の中に入り、家の軒先を通り抜けるようになる。村の風景の楽しみながら移動し、小さな池の前でリキシャを降りた。ここからは道が細くなり、これ以上リキシャで進めないという。

飼われているらしい数十頭のアヒルが歩いている横を通り抜け、田んぼのあぜ道のようなところを進んでいく。

やがて、田んぼの中にぽつんと立っているモスジットが見えてきた。ここでは、ちょうど地元の少年が一人いて、モスクの中で写真のモデルになってくれたりした。他に観光客はおらず、周囲は本当にのどかな雰囲気。

最初は、この少年は観光客からのチップを目当てに待機していたのかとも考えていたが、写真をとっても金を要求されることはまったくなかった。本当に偶然居合わせただけで、外国人が珍しいからついてきただけだったようだ。

少年と別れ、続いてあちこちに点在しているモスクを訪れながら、バゲルハットのバスセンターへ戻ることにした。最初は、各モスクの前にリキシャがたむろしているだろうから、それを乗り継ぎながら移動することを考えていた。ところが、チュナ・コラまで乗ったリキシャ引きがモスクめぐりを営業してしてきたため、考えを変えてこのリキシャを雇うことにした。結果として、リキシャがまったくいないモスクもいくつかあったので、これが正解だった。

ちなみに、約束したリキシャ料金は400タカで、相場よりかなり高いかもしれないというのはもちろん自分でも自覚していた。しかしながら、悪路を苦労してこいでいく姿を後ろから見ていたため、この値段で納得した。

以下、見て回ったモスクを紹介する。下の写真はロンビジョイプール・モスジット。

ここは軽く見て、続いてナイン・ドーム・モスジットへ。タクル池という正方形の池のそばにあり、池に沿って移動することになるのだが、この道がかなりの上り坂で、しかもガタガタの悪路になっている。これではリキシャも大変で、リキシャ引きは途中でこぐのを諦め、後は押しながら歩いてくれた。年配のリキシャ引きのこういう姿を後ろで見ているのも、なんだか恐縮するもの。

ナイン・ドーム・モスジットは、名前の通り9つのドームがある。

偶像崇拝禁止のモスク内部は、キリスト教の教会や仏教寺院などと比べるとどうしても殺風景になる。どのモスクも内部は同じような感じ。

ここでは、少年二人と出会った。この二人は観光客が目当てだったらしく、写真を撮った後にチップを要求してきたので、少しだけ金を渡してきた。

続いて、カン・ジャハン廟へ。ここはカン・ジャハンという聖者の廟だそうで、内部に墓がある。かなり立派な墓だったが、さすがに墓は写真撮影禁止だったので、内部の写真はない。この日に回ったモスクは、シャイト・ゴンブス・モスジット以外はほとんど人がいなかったが、ここは来訪者でにぎわっていた。

ここもタクル池のほとりにあり、池に下りていく階段もある。池の水はあまりきれいではない。

これでモスクめぐりを終え、バゲルハットのバスセンターに戻ることにした。ここからバスセンターまでは4キロほどあり、この区間はちゃんと舗装されているのでリキシャ引きも快調に飛ばしている。このリキシャには、モスクめぐりで合計10キロほど移動してもらったことになる。

バスセンターの前に並んでいる小汚い店の前でリキシャを降り、リキシャ引きに料金を払った。ちょうど400タカがなかったので、500タカ紙幣を渡したところ、少し考え込んでから店の中に入っていった。店の人に聞くと、どうやら500タカ紙幣を崩すつもりらしく、「釣りを渡すから待っていてくれ」と言っているそうなので、それを聞いて「じゃあ500タカでいいから、釣りはいらない」と伝えてもらった。釣りを渡すそぶりを見せなかったらあくまで要求するつもりだったが、こういう態度を見ると釣りをもらおうという気がなくなる。このリキシャ引きは、ちょっと嬉しそうに笑って去っていった。

この店でチャイを飲んで少し休憩し、バスでクルナへ戻ることにした。午後5時にバゲルハットを出発し、来たときと同様に快適な移動を楽しんでいたところ、次第に雲が広がってきて雨が降り出した。雨は急激にひどくなり、終点のバスセンターに着いたときには土砂降りになっていた。今は乾季だと思っていたので、この雨は予想外だった。

終点に着いたものの、みんな雨が止むのを待っているようで、誰もバスを降りない。今のところ雨が止むような気配はないが、地元の人たちはこの時期の雨はやがて止むのが分かっているのだろうか。

みんな黙って待機しているので、それに混じって真っ暗なバスの中でひたすら雨が止むのを待つ。そのうち、足が冷たく感じたので、見たら窓の隙間から入ってきた雨水が足のほうへ流れてきていた。いろいろと試してみたが窓の隙間を完全にふさぐことができず、窓際に座ったことを後悔したものの、今さら動けないので窓からできるだけ離れるようにしながら座り続けた。

そうやって30分近くも沈黙の中に座り続けたと思うが、やがて本当に雨が小降りになってきた。そして、ほとんど雨が止んでしまったころ、乗客たちが降り始めた。さすが、地元の人たちの判断は的確だ。

周囲の人の流れに従って船着場へ移動し、渡し舟で対岸のクルナへ戻る。真っ暗な中、的確に運賃を徴収して回っている子供に2タカを渡し、遠くで雷が鳴っているのを聞きながら対岸に着いた。


ここからリキシャでホテルへ移動するわけだが、リキシャ引きが料金を50タカと言ってきた。「来たときは15タカだった」と言っても、「ここから出発するときは別」というようなことを言っている。吹っかけてきているのは分かったが、街灯もなく露店の明かりだけが頼りという中で他のリキシャ引きと交渉するのが面倒だったこと、さらに再び雨が降り出してきたことから、良くないとは思ったがこの値段で妥協した。まあ、吹っかけてきているといっても数十円というレベルである。

雨の中、リキシャ引きは歌を歌いながら元気にリキシャをこいでいく。後ろから見ていても、高い値段を吹っかけるのに成功したことが嬉しくて仕方がないようで、そのあからさまな態度に苦笑してしまった。

やがてホテルに着き、料金を払おうとしたら手持ちの小額紙幣が25タカ分だけで、後は500タカ札しかない。500タカ札を見せても釣りがないというので、一緒にホテルのフロントまで来てもらい、この日の宿泊費を払う際に小額紙幣に換えてもらうことにした。

この日は1泊700タカのエアコン付きの部屋に泊まることにしているので、500タカ札を2枚渡し、事情を話して釣りの中からリキシャ引きに50タカを払ってもらおうとした。すると、スタッフのボスらしい人が厳しい顔でリキシャ引きと話している。雰囲気から想像すると、高い値段を吹っかけたことを怒り、リキシャ引きに説教しているようである。スタッフの威圧的な説教とリキシャ引きの苦しそうな弁明が続く中、「釣りの中から適切な金額を渡し、残りを後で渡すから部屋へ行っていい」ということなので、後は任せて部屋へ引き上げた。リキシャ引きは社会の下層にいる人たちなので、ホテルのスタッフの方が圧倒的に力が強いようである。この国には「職業に貴賎はない」という言葉はない。

(ところが、このときの釣り300タカをもらうのをうっかり忘れるという、自分でも驚くような失態をやってしまった。翌日の夜、ロケットスティーマーに乗ってからようやくこのことを思い出したが、自分でもどうして忘れていたのか分からない。というわけで、リキシャ引きが得た金額がいくらだったのか、結局分からないままになってしまった)


この日に泊まるのは、前日とは違ってエアコン付きの部屋になる。さすがに快適なものだったが、この部屋で一番印象に残っているのが、部屋にあったテレビ。

この通り、テレビのブランド名は「NIPPON」になっている。まさか日本製ではないだろうし、バングラデシュ製のテレビというのも考え難いので、どこかの国がこういう名前でテレビを作っているようである。(どうせ中国製だろうと思ったが、裏側を調べてもどこの製造かわからなかった。知っている人がいたら教えてほしい)

しばらくバングラデシュのホラードラマ(幽霊が現れるシーンや列車が炎に包まれるシーンの特撮が稚拙そのものだったが、それはそれで味があった)を見た後、雨が止んでいるようなので、夕食に出かけることにした。

外は相変わらず大勢の人とたくさんのリキシャが行きかっている。いったい、この町では人通りが途絶えて静かになるときがあるのだろうかと思われるほどである。

途中、「NIPPON ELECTRONICS」という店があった。

先ほどのテレビからも推測できる通り、やはりバングラデシュでは NIPPON ブランドへのあこがれは強いのだろう。店内には入らなかったので、売られているのが日本製品ばかりかどうかは分からなかった。

前日の夜と同じような安食堂に入り、前日とほとんど変わらない夕食をとった。

安食堂では基本的にこのような料理しか置いていないので、毎日同じようなものばかり食べることになる。しかしながら、このカレーがわりとうまいので、意外と飽きない。

夜9時、散策を終えてホテルに戻った。水シャワーを浴び、しばらくテレビを見てから就寝。