バングラデシュ旅行記(ロケットスティーマー / 前編)

いよいよ、ロケットスティーマーに乗船する。インターネットで見た「世界で唯一、遊覧船ではなく定期航路を運航している現役の外輪船」という言葉に惹かれ、この船に乗るためにバングラデシュまで来たので、これが今回の旅行最大の目的になる。

ロケットスティーマーについては、写真が多いのでページを2つに分けている。このページでは、主に船内の様子を紹介することにする。


深夜0時ごろ、B.I.W.T.C. オフィスを出て、ロケットスティーマーが接岸している船着場へ進む。船着場の待合室がある小さな建物だけはところどころに明かりがあるが、それ以外はほぼ真っ暗。その建物の軒下には物乞いの人たちが何人も寝ていて、外国人旅行者を見ると手を差し出してくるが、案内するバングラデシュ人スタッフが容赦なく追い払っている。こういう光景を見ると、ここでは自分が特権階級にいる人間ということを実感する。

(ふと、映画「オリエント急行の殺人」の冒頭で、金持ちの旅行者が傲岸な態度で物売りたちを蹴散らしながら歩いていく場面を思い出した。まあ、あの映画とはレベルが違うが)

やがて、ロケットスティーマーが見えてきた。予想よりずっと大きく、暗い中では全体像がわからない。中に入ると3等船室のほうでは寝場所の争奪戦が行われているような騒ぎが聞こえてくるが、こちらは1等なので落ち着いたもの。階段を上がり、1等先客用の食堂に着くと両側に船室が並んでいる。私の部屋は11号室で、温水シャワーとトイレもあり、かなり快適そうな感じだった。エアコンはないものの、壁に扇風機が取り付けられているので、今の季節は問題ない。

しかし、この扇風機は笑えた。SONY DELUXE の下の文字が完全に開き直っている。中国製のソニーデラックスなんていうメーカーがあるんですね。

窓から外を眺めてみたが、真っ暗でほとんど何も見えない。もう時間も遅いので、シャワーを浴びて1時過ぎに寝ることにした。その時間もまだ船は接岸したままで、翌日に聞いたところによると午前3時ごろ出航したということだった。


朝8時半に起床。この日は丸1日、ロケットスティーマーの船旅を楽しむことになる。ロケットスティーマーについて説明しておくと、クルナと首都ダッカの間を約27時間かけて運航している定期船で、推進装置はプロペラではなく船体の側面に取り付けられている外輪(パドル)である。今どき、遊覧船以外で外輪船が航行しているのは世界でもここだけといわれている(断定できないのは、世界のどこかでもっとすごい船が走っているかもしれないため)。名前は「ロケット」でも、速力はかなり遅く、川をゆったりと走る船である。

船の建造は1929年で、この旅行当時で船齢は80歳になる。かつては名前の通りエンジンは蒸気機関だったそうだが、1996年に蒸気機関からディーゼル機関に改造されている。従って、厳密には「スティーマー」ではないが、現在でも当時の名称のままロケットスティーマーと呼ばれている。

船自体がかなり大きいので、着岸時にいろいろと写真を撮ったものの、全体が入りきれない。そこで、インターネット上で見つけた全体写真を下に載せておく。かなり大型の船で、船体側面の半円形の部分にパドルが収められている。

これほど珍しい船に乗れる機会はそうはなく、観光資源の少ないバングラデシュではこの船に乗ること自体が最高最大のアトラクションと言われている。

船室を出て、外を見ると小雨が降っている。周囲の景色はのどかなもので、一面の田園風景が広がっている。

では、まず船内を探索することにした。船は2階建てで、2階の船首部分は1等船客専用の展望デッキになっている。ここには他の乗客は入ってこれないため、景色を眺めながら優雅な船旅を楽しむことができる。

こちらが1等船客用の食堂で、両側に船室のドアが並んでいる。今回、1等船室の乗客は外国人が6人(私の他、前日の夜に B.I.W.T.C. オフィスで会ったフィンランド人男性、イギリス人男性とオーストラリア人女性のカップル、オランダ人の若い夫婦)と、裕福そうなバングラデシュ人の家族が5組ほど。食事は3食ともここで食べることになる。

メニューはバングラデシュ料理と一般的な洋食から選べるが、私を含めて外国人旅行者はやはりバングラデシュ料理(基本的にカレー)を選択していた。

食堂の壁にバングラデシュの地図が貼られていたので、スタッフに航路について聞いてみたところ、クルナからダッカまで以下のようなルートで航行するということだった。ダッカからクルナへ移動したときはバスで8時間半ほどだったが、それを約27時間かけて戻ることになる。

朝食後、再び船内を探索してみた。


こちらが3等船室で、大勢のバングラデシュ人たちが利用している。スペースを確保するのは早い者勝ちなので、ここで寝ている人たちはまだましなほう。

この3等船室の周りに2等船室が並んでいる。2等は狭いものの一応個室(2人部屋)になっているが、1等とは違ってシャワーや扇風機などはない。そこそこの快適さでよければ、2等でも十分かもしれない。

上の写真のスペースが取れなかった3等船客たちは、船内の通路やエンジンの横など、船内のさまざまな場所で寝ていた。こういう場所で寝るのはかなりきついと思う。

このような船内の通路の他、船首や船尾のウィンチの周り、船尾にある小さな売店の中、さらには船橋後方の屋根の上など、さまざまな場所が3等船客であふれていた。こういう場所で丸1日を過ごすのも、なかなか大変なことだろう。1等船室の快適さとは雲泥の差。


船内の通路からは、エンジンを見ることもできる。わりと大型のエンジンで、銘板に “ANGLO-BELGIAN-CORP.” と刻まれていたのでベルギー製のエンジンを搭載しているらしい。エンジンの向きは通常のプロペラ推進の船舶と同様なので、船尾方向に軸が出ている。この軸の向きを、ギアを介してパドルの向きに変え、両舷にあるパドルを回転させている。

私は仕事の関係でときどき船に乗る機会があるので、このあたりの機構は興味深い。

そして、エンジンの横からは鉄格子の間から回転しているパドルを見ることができる。私は外輪船に乗るのは初めてということもあり、眺めていると飽きない。ときどき、水面を漂っている水草を巻き上げたりしている様子もわかる。

船のエンジンと、回転しているパドルを動画で撮影してみた。かなり高速で回転している様子がわかると思う。

回転するパドルを眺めていると、今どきこういう船が現役で動いていることに感動してしまう。

こちらは、船首付近の光景。ウィンチ、アンカー、投光機などが並んでいるが、この狭いスペースにも3等船客が座っている。

一番先端まで行き、下を見下ろすと船首が波を切って進んでいる様子が見える。船首の波をこれだけ近くで見られるというのも珍しいもの。

船尾に移動すると、こちらは船首と比べてスペースが広いので、多くの3等船客が座っていた。外国人ということで好奇の目で見られる中、船尾端から下を見下ろすと舵が動いているのが見える。通常のプロペラ推進の船とは違い、推進装置が船の側面にあるため、船尾の流れがかなり静かになっている。水の流れの様子を見ても、かなり特殊な船に乗っていることが実感される。

船尾付近には、3等船客用の小汚いトイレが並んでいた。中がどうなっているかと思って入ってみると、床に丸い穴が開いていて、水面が見える。つまり、ここからそのまま川に流すわけである。古い船だから、こういう構造で建造されたのは仕方がないのだが、今でも改造されていないのはすごい。川の衛生状態など特に考えていないことがわかる。


最上階に上がると船橋がある。できれば計器類を近くで見たかったので、入っていいかどうか聞いたところ、特に問題なく中に入れてくれた。

なお、”OSTRICH” というのが船の名前。

この人が、おそらく船長さん。さすがに他の船員と比べて服装や態度が立派な感じだった。

船橋内の様子。かなり立派な舵輪とエンジンテレグラフがあるが、これは今は使われていない。かつて蒸気機関だったころに使われていたものだろう。

こちらが、現在使われている計器類。エンジンの回転計と左舷のパドル回転計が壊れているが、そういうことは特に気にせずに操船が行われている。私は日本でときどき船に乗る機会があるが、日本ではほぼすべての船に装備されているレーダーや GPS などもない。船に慣れてしまえば、そういう設備などなくても航行や離着岸は自由に行えるものだということがわかる。

さらに、船橋内を見回してもチャート(海図)がない。川がかなり入り組んでいるが、船長は記憶と航路標識だけを頼りに操船しているものと思われる。

船橋から前方に通路が伸びている。何の目的でこういう通路があるのかわからないが、せっかくなので先端まで往復してみた。先端に座って周囲を眺めるのも気分のいいもの。

船員の話によると、案の定というか、先端でタイタニックごっこをやった外国人旅行者は数多いという。

こちらは船橋後方の救命ボート。この通り、わずか2隻しかない。これでは全乗客が乗れるはずもなく、最初からすべての乗客を避難させることなどは考えていないことがわかる。

まあ、海ではなく川を走る船だから、非常時には乗客の多くは泳いで逃げられるだろうという考えがあるのかもしれない。

朝は小雨が降っていたが、昼になると天気は回復してきた。昼過ぎには、船橋後方の屋根の上で寝ている人も多かった。日光浴をしたり、洗濯物を乾かすには最適な場所だと思う。

これで、船内は一通り見たことになる。ページがかなり長くなったので、航行風景については次のページで紹介することにする。