キルギス旅行記(カラコル~アルティン・アラシャン)

この日は、今回のキルギス旅行最大の目的地アルティン・アラシャンへの1泊2日のトレッキングに出かけることになる。

アルティン・アラシャンとは現地語で「黄金の温泉」という意味で、ゆったりと浴槽に浸かることができる温泉がある。普段ほとんど運動しない者としては片道4時間のトレッキングは非常に疲れたが、しかし景色は本当にすばらしい場所だった。


朝7時半に起床。8時から1階の食堂で朝食にしたが、どうやら宿泊客は私1人らしく室内はがらんとしていた。朝食のメニューはパンと紅茶と目玉焼きとサラダ。

朝食後、部屋に戻る前に2階から外を眺めてみた。雪に覆われた山脈がきれいに見えるが、これからあの山々がもっと近くに見えるところまで行くことになる。

リュックサックにトレッキングに持っていく荷物を詰め、他の荷物はバックパックに入れてホテルに置いていくことにした。フロントでバックパックを預け、「明日の夕方、カラコルに戻ってきます」と伝えてから9時にホテルを出た。

アルティン・アラシャンへのトレッキングロードの入口はカラコルから15キロほど離れたアク・スーという村の外れにあるため、まずはそこへ向かわないといけない。マルシュルートカ乗り場は中央バザールの前にあるので、まずは歩いて移動した。

10分ほどで雑然とはしているものの予想外に大きな建物になっているバザールに到着した。まずは食料品店に入り、トレッキングに必要なペットボトルの水、昼食用のパン、エネルギー補給用のチョコレートなどを買い込み、それからマルシュルートカ乗り場へ移動した。

トレッキングロードの入口へは「アク・スー・サナトリウム行きのマルシュルートカに乗り、アク・スー村を通り過ぎて6キロほど、サナトリウムとの分岐点で下車する」ということは調べていた。しかしながら、次々とやってくるマルシュルートカを見ていても、どれが目的の路線かわからない。周囲の乗客やタクシーの運転手に聞いても、誰もが英語を一言たりとも理解しないので、本当に右も左もわからないという状況になってきた。

かなり困ってきたころ、1人のタクシー運転手が超片言の英語を話す若い女性(10代後半くらい)を連れてきた。この状況を見て、周囲に声をかけて英語がわかる人を探してきてくれたらしい。超片言だったものの、この女性の助けを借りて「アルティン・アラシャンへのトレッキングロードの入口へ行きたい」ということだけは何とか伝えることができた。何度もお礼を言って別れたが、このときの女性には本当に感謝している。

最初はマルシュルートカに乗る予定だったが、こちらも運転手へのお礼ということでトレッキングロードの入口までタクシーで行くことにした。料金は300ソムで、言い値だったので相場よりは高いかもしれないが、この時はほっとしていたので交渉せずにこの値段で乗ることにした。

タクシーはすぐにカラコルの街を抜け、アク・スー村へ向かって走り出した。途中の景色は、大きな並木道があったりしてかなりきれい。やがて集落が見えてきて、アク・スー村の中心部と思われるところを通り過ぎてさらに先へ進む。かなり村はずれまで来たところで、道路が二又に分かれていてタクシーは右側の未舗装の道に入っていった。おそらく、ここが「アク・スー・サナトリウムとの分岐点」なのだろう。

タクシーはさらに先へ進み、下の写真の場所で停止した。ここがトレッキングロードの入口ということなので、礼を言ってタクシーを降りた。

Uターンして戻っていくタクシーを見送り、トレッキング開始。いきなり道が二手に分かれていて焦ったが、ちょうど通りかかった地元の人に聞いたところ(もちろん英語は通じないので、両方の道を指差して「アルティン・アラシャン?」と聞いただけ)、左側が正解ということがわかった。この時点で時刻は10時なので、予想では午後2~3時に到着することになる。

アルティン・アラシャンまでのトレッキングロードは、完全な山道ではなく車も通れるくらいの道幅がある。このあたりはまだ一般の車でも通れるが、次第に道は険しくなり、途中からは4WDのオフロード車でも通行は不可能になる。このため、トレッキング以外でアルティン・アラシャンを訪れるには軍用ジープをチャーターするしか方法はない。

トレッキングを始めてしばらくは、横を流れるアラシャン川(アラシャンが温泉という意味)の景色を楽しみながら歩く。勾配もわりと平坦なので、このあたりはまだ余裕。

道の脇に大きな雪の塊が残っているのを眺めながら、さらに先へ進む。キルギスは「中央アジアのスイス」などと言われているだけあって、景色は本当にきれい。

遠くの雪山が次第に近くに見えるようになってくるのがわかる。勾配も少しずつ急になってきて、日本では月1回程度のダイビング以外ほとんど運動をしないものだから、少し疲れてきた。しかし周囲の景色がきれいなので、眺めていると楽しめる。

歩き始めてちょうど2時間、こういう木製のゲートがあった。書かれているキリル文字が読めないので何のゲートかはわからないが、この先が少し開けていたので何かの作業場かもしれない。

手前の水たまりを注意して通り抜け、先へ進む。なお、トレッキングロードにはこういう水たまりや道を横切る細い川があちこちにあり、その度に渡れそうなところを探して通り抜ける必要がある。

ゲートの先に小さなベンチがあったので、カラコルで買ってきたパンとチョコレートと水の昼食にした。気候は涼しいが、2時間も歩くとかなり汗が流れている。もっとも、ここから先が本当に大変で、ここまでは平地といっていいくらい楽な道だったということを思い知ることになる。

昼食後、再び歩き出したが勾配はだんだんと急になってくる。そして、とうとうつづら折れの道が現れた。下の写真はつづら折れの折り返しになる急カーブ部分から撮ったもので、谷底を流れるアラシャン川沿いから山の斜面を登ってきたことがわかると思う。

ここからは、だらだらとした上り坂がひたすら続く。急勾配の道もきついが、こういう上り坂が延々と続くのは非常に疲れる。それに、上り坂がずっと先の方まで続いているのが見通せるだけに精神的にもダメージが大きい。

トレッキング中に2回ほど軍用ジープに追い抜かれた。観光客が乗っているようだったが、1回目は「せっかくアルティン・アラシャンへ行くのだからトレッキングしなくてどうする」と思ったものの、2回目になるとジープに乗っている人が羨ましい。

途中、馬がいた。鞍が付いているので乗ってきた人がいるはずだが、しかし周囲には誰も見えない。馬もこちらを気にしているようなので、注意しながら横を通り抜けた。

上り坂がすっと続くので、次第に足が動かなくなってきた。普段から運動をしていればこのくらいは何ともないのかもしれないが、しかし私のような人間にとっては「もういい加減にしてくれ」という気持になってくる。

さらに、途中でなんと道が二手に分かれているところがあった。「おいおい、嘘だろ」と思ったが、しかしどちらへ進むか決めないといけない。ジープの轍の跡を参考にしようと思ったが、どちらの道にもあったのでこれでは判断できない。右側は渓谷沿い、左側は山の中に入っていく道なので、おそらくは渓谷沿いの右側だろう。そう思って右側を選んだところ、結果的にこれが正解だった。

昼食のために休憩した場所から1時間半、つまり歩き始めてから3時間半のところで、最大の難所が現れた。小高い丘のような場所に向かって道が続いていて、かなりの急勾配になっている。足を引きずるようにして坂道を上りきり、頂上に立ったところで急に視界が開け、目の前の峡谷が見渡せた。

建物が見える!

あれがアルティン・アラシャンだろう。この時の感動は、言葉では言い表せないくらいのものだった。軍用ジープで来ていたらこれほどまで感動はしなかっただろうから、この時だけは「ここまで歩いてきてよかった!」と心から思えた。

もちろん、ここまで3時間半ほどなのだから本格的にトレッキングをやっている人から見たら大したことはない距離かもしれないが、しかし私にとっては大変に感動的なトレッキングだった。

アップで見ると集落は予想以上に小さく、建物はアラシャン川の周りに5~6軒しかない。

近くにこういうベンチがあった。すぐに丘を下りるのがもったいなかったので、ここに座ってしばらく休憩。この峡谷の風景は、いつまで眺めていても飽きない。

周囲の眺め。雪山が近くに見える。

では、丘を下りてアルティン・アラシャンの集落に向かう。ずっと上り坂だったので、久しぶりの下り坂は非常に楽。

30分ほどかけてゆっくりと歩き、午後2時に集落に入った。歩き始めてからちょうど4時間のトレッキングだったことになる。非常に疲れたが、周囲の景色は本当にきれいなので、やはり来てよかったと思えた。


集落に入ると最初にかなりきれいな建物があるが、おそらくはこれが「コルホーズ」の保養所だと思われる。インターネット上の旅行記を読むと、アルティン・アラシャンを訪れた旅行者の多くがここに泊まっているようだが、しかしなぜか人の気配がしない。そこで、とりあえず集落の端まで歩いてみることにした。

コルホーズの先にはしばらく建物はなく、離れたところにコルホーズよりは古びた建物がいくつかある。そのうちのひとつ、下の写真の建物まで来た時、ようやく人を見かけた。

若い男性と年配の女性が縁側に座って談笑していた。おそらくこの建物のオーナーだろうと思い、「ここはゲストハウスでしょうか」と聞いたところ、問題なく泊まれるということだった。

若い男性の方は少しだけ英語を話せたので、色々と聞いてみると年配の女性は単にロシア人の旅行者だという。そして自分もオーナーとは関係なく、家族連れ観光客のガイドとして軍用ジープに同乗してきただけということだった。オーナーはカラコルに住んでいて(おそらくはオフシーズンのため)現在はこちらにはいないらしい。

それならなぜこのゲストハウスが開いていて、この人たちが鍵を持っているのかが不思議だが、それ以上は聞かなかったので詳しい事情はわからなかった。

部屋を見せてもらったところ、10人部屋くらいのドミトリーだが今のところ他に宿泊客はいないらしい。別に汚くはないし、コルホーズよりもこちらのほうが希少な体験になるような気がしたので、ここに泊まることにした。

料金を聞いたところ、宿泊料、温泉の使用料、夕食、朝食を含めて500ソムだという。そもそも、オーナーとは関係ない人たちがなぜこのゲストハウスを管理しているのかが不思議で、今でも詳しい事情は不明のままになっている。ロシア人女性は「リリアナ」さんという名前で、ドミトリーのある建物の横の、台所のある建物で寝泊まりしているようだった。このリリアナさんが夕食を用意してくれるということだが、単なる旅行者にしてはまるで管理人のようになっているし、どうもよくわからない。私の想像では、長期滞在ということでオーナーから管理を任されてきているのかもしれない。

最初に書いたとおりアルティン・アラシャンは「黄金の温泉」という意味なので、何はともあれ温泉に入ることにした。それぞれのゲストハウスごとに温泉小屋は決まっているようで、私が入ることができるのは下の写真の建物。

鍵を借りて中に入ると、温泉らしく硫黄の臭気がする。浴槽を見ると、この通り完全に日本の温泉と同じ形式で、なんだか嬉しくなってくる。こういう温泉は外国では珍しいと思う。

アルティン・アラシャンの温泉は完全に源泉掛け流しで、ここまで温泉を引いてきたあとはそのまま川に流すようになっている。このため石鹸などの使用は禁止されていて、単に浴槽に浸かるだけになる。

温泉は予想以上に温度が高く43~44℃程度。かつて東京に住んできた時に通っていた銭湯を思い出した。カメラが防水なので、浴槽に浸かって写真を撮ってみた。

湯温が高いのであまり長くは浸かっていられないが、しかし気分のいいものだった。この温泉はかなり気に入ったので、この時だけでなくこの日の夕方と翌日の朝の計3回入ることになった。私は日本の温泉に宿泊するときでもせいぜい1回しか入浴しないので、3回というのは珍しい。

温泉を出て、しばらく周囲を散策してみた。アラシャン川に沿ってぽつんぽつんと建物があるだけの小さな集落で、周囲の景色はとにかく雄大。放牧されている馬がいい感じ。

アラシャン川に橋が架かっていて、対岸へ渡ってみた。対岸に建物が2軒ほどあるが、いずれも閉鎖されていた。おそらく夏のシーズン中だけゲストハウスとしてオープンするのだろう。

橋の上から周囲を見渡した動画を下に載せておく。

対岸からの眺め。左側の写真で木立の横にあるのが私が宿泊したゲストハウスで、川沿いにあるのが温泉小屋。

ゲストハウスに戻り、しばらく休憩。やがて、先ほどの若い男性がガイドとして同乗してきた家族連れ(若い夫婦と子供2人)がやってきた。おそらく山の方を少しトレッキングしていたのだろう。この人たちは、続いて温泉小屋に入っていった。

このゲストハウスでは犬2匹と猫1匹が飼われていて、それぞれ写真を撮ってみた。なお、もう1匹の犬については、この日は写真を撮ることができなかったので次のページに載せることにする。

家族連れが温泉小屋から戻ってきた時、少し話したところフランス人の旅行者ということだった。もっとも、フランス人といってもフランス本国ではなくセネガル在住だという。西アフリカから中央アフリカにかけては治安や政情等の問題で最も旅行しにくいエリアだが、話しているうちにいつかセネガルへ行ってみたいという気持になった。

この家族連れと男性ガイドはこれからカラコルへ戻るという。握手をして別れ、軍用ジープに乗り込んで戻っていくのを手を振って見送った。この後も他の宿泊客は現れなかったので、ここからはリリアナさんと2人だけになった。

この後、周囲を歩いたりドミトリーで休憩したりしているうちにリリアナさんが夕食を用意してくれた。食堂に移動し、午後5時からボルシチとパンの夕食。ロシア人が作っただけあって、ボルシチはかなりうまい。

それにしても、リリアナさんは台所を自由に使っているし、完全に管理人のようになっている。夕食後、なぜ管理人のようなことをやっているのか知りたいと思い、英語でいくつか質問してみたが予想通りほとんど通じなかった。最初に、ここにどのくらい滞在するのか聞こうと思って「How long do you stay here ?」と紙に書いて見せたが、自分の部屋から持ってきた英露辞典を見ながらかなり悩んでいる。一緒に「stay」の項目を探してやったところ、ようやく質問の意図がわかったらしく「6 days」と答えてくれた。

「stay」を探すだけでもこれだけ時間がかかるので、他にも「なぜキルギスを1人で旅行しているのか」「なぜここに6日間も滞在するのか」「旅行者なのに、なぜ管理人のようなことをやっているのか」など、聞きたいことはいくつもあったのだが結局諦めた。おそらく50歳くらいだと思うが、この歳で1人で山の中に滞在しているのも不思議な感じで、今でも事情はよくわからない。

他に宿泊客はいないのでドミトリーは貸切状態。トイレは建物の中にはなく、屋外にある。下の写真がそのトイレで、穴を掘ってその上に簡易な建物を建てた構造になっている。こういうトイレを「キルギス式トイレ」というらしく、旅行中に見た公衆トイレはほとんどがこういう形式だった。

この後も少し散策したりしたが、次第に小雨が降ってきた。そこで、散策は諦めて夕方6時に再び入浴した。石鹸などは使えないものの、浴槽に浸かると本当に気分がいい。

入浴後も小雨が止まないのでドミトリーで休憩。次第に暗くなってきたが、ここには電気はない。建物の周りに電線らしいものは見かけたのだが、今は送電されていないらしい。このため暗くなったらロウソクしか明かりはない。

これでは本を読むこともできないし、することが何もない。トレッキングで疲れていたし、翌日は早朝に起きることにして食堂で片付けをやっていたリリアナさんに挨拶して夜8時に就寝。しかしなんだか長い1日だった。