キルギス旅行記(アルティン・アラシャン~カラコル)

アルティン・アラシャン滞在2日目。この日で山を下り、麓のカラコルへ戻ることになる。早朝は天候が急変していて不安になったが、何とか下山することができた。


深夜、目が覚めたときに窓から外を見てみたところ、まさに漆黒の闇。自分が人里離れたところにいることを実感する。どれほど目を凝らしても何も見えないので、まるで洞窟の中にいるような気分になった。試しに写真を撮ってみたところ見事に何も写らない。

早朝6時、目が覚めると窓の外がなんだか白く見える。外を見て驚いた。

この通り5月だというのに雪が積もっている。まさかこんな事態になるとは考えておらず、天候の急変に驚かされた。

いったん外に出て周囲を歩いてみたところ、そこそこに雪が積もっている。まさか5月に雪が降るとは考えていなかったので、この雪景色を見てかなり不安になった。はたして今日のうちに下山できるだろうか。

8時前に食堂へ行くと、まだ誰もおらず部屋は冷え切っていたが、やがてリリアナさんがやってきて暖炉の火を起こしてくれた。高橋葉介の「夢幻紳士」で見た「山を下りたいのは山々なんですけどねえ」という駄洒落を思い出しながら、リリアナさんに「下山できますかねえ」ということを聞いたところ、特に心配していないようだった。こういう天候はこの時期は珍しくないのかもしれない。(もちろん英語はまったく通じないが、言いたいことは雰囲気でわかったようだった)

朝食はパンと紅茶の簡素なものだったが、パンは暖炉の上でトーストし、紅茶も暖炉で沸かした熱湯を使うため非常に美味しく感じた。暖炉のそばというのも雰囲気がいいが、飾りではなく実際に薪を使用している暖炉を見るのは多分これが初めてだと思う。

朝食後、外に出てみると雲を通して太陽が見え、少し暖かくなってきたような気がする。

朝9時、アルティン・アラシャンに来て3回目の入浴。繰り返すが、私は日本の温泉でもせいぜい1回しか入浴しないので、3回というのは珍しい。

温泉を出て、しばらく周囲を散策してみた。太陽が高く上ってくると、次第に雪が消えていくのがわかってきた。

午前10時ごろになると雪もすっかり消え、問題なく下山できることがはっきりとわかった。

部屋に戻って荷物をまとめ、朝11時に出発。リリアナさんに別れの挨拶をし、ここにいた2匹の犬と1匹の猫にも挨拶してゲストハウスを後にした。言葉がほとんど通じなかったこともあってリリアナさんの素性がまったくわからなかったのが、今でも心残りになっている。もうロシアに戻っているとは思うが、今はどこでどうしているだろう。

前日のページに載せなかった犬の写真を下に載せておく。

少し名残惜しかったが、これでアルティン・アラシャンを出発することにした。早朝の雪景色とは一転し、緑にあふれた景色を眺めながらトレッキングロードの方へ歩くとコルホーズの建物がある。かなりきれいな建物だが、前日と同様にまったく人の気配がしない。トレッキングのオフシーズンということはわかっていたが、まさかここまで人がいないとは思わなかった。この感じだと、このときアルティン・アラシャンに滞在していたのはほんの数人だったのかもしれない。

こういう場所ではおなじみの世界の主要都市の方向が表示されている案内板の横を通り、アルティン・アラシャンを離れた。


山道を上っていくと、次第にアルティン・アラシャンが遠ざかっていく。

前日、目の前にアルティン・アラシャンの景色を見て激しく感動した丘の上から最後にアルティン・アラシャンの集落を眺めてみた。

もう一度ここへ来てみたい気もするが、その機会はないかもしれない。アルティン・アラシャンのほうを見ながら後ろ向きに丘を下りると、集落が丘の向こうに消えていった。

では、これから山道を下ってカラコルへ戻ることにする。前日はだらだらとした上り坂が延々と続くため大変に疲れたが、今度は緩やかな下り坂が続くので非常に楽。下の写真はいずれも後ろを振り返って撮ったもので、早朝の雪の影響もあって地面は少しぬかるんでいる。つづら折れの道も、下りるときは楽なもの。

もっとも、下るときの方が足への衝撃は大きいので、歩く速度があまり早くならないように自分でも注意しておいた。

前日、昼食のために休憩した場所に2時間ほどで到着した。ここで少し休憩し、木製のベンチの写真を撮っておいた。ベンチから見ると、周囲が少し開けていてトレーラーハウスのような車両が置かれている。木材運搬か何かの作業場かもしれない。

15分ほど休憩してから出発。周囲を見ていても、次第に標高が下がってくるのがわかる。所々に放牧されている馬に注意しながら山道を歩いていくと、今度は雪ではなく小雨が降ってきた。このときは日本から折り畳み傘を持ってきていて本当によかったと思えた。キルギスはこの時期は雨が多いという情報が、ここで役に立った。

小雨の中、雨具を着て歩いてきた欧米人女性バックパッカー2人とすれ違った。これからアルティン・アラシャンに向かうようなので、「あと2時間半くらいですよ」声をかけると苦笑していた。疲れを倍増させてしまったかもしれない。

やがて、前日にトレッキングを始めた直後に見た橋や水門などが現れてきて、出発地点に近づいてきたことがわかってきた。このあたりに来ると雨も上がり、涼しくて気分がいい。

アルティン・アラシャンを出発してから約4時間で、前日にタクシーを下りた場所に到着した。ずっと下り坂だったが、意識してゆっくりと歩いたためトレッキング時間は前日とほとんど変わらなかったことになる。片道4時間というのは本格的なトレッキングには程遠いかもしれないが、しかし個人的には大変に感動的なトレッキングだった。登山道の景色もきれいだったし、何よりアルティン・アラシャンまで自力で歩いたということが嬉しい。キルギスでトレッキングをやる際にはお勧めのルートだと思う。

前日はここまでタクシーで来たわけだが、この日は当然ながらタクシーはいないので、ここから先も歩かないといけない。絵に描いたような農村の農家が両側に並んでいる道を大通りに向かって歩くと、柵の向こうを小川が流れていたりする。景色は非常にきれい。

下の写真がアルティン・アラシャンへの登山道へ向かう道(右)とアク・スー・サナトリウムへ向かう道(左)との分岐点。登山道へマルシュルートカで向かうときは、ここで下りる必要がある。これからアルティン・アラシャンへ行くことを考えている人は目印にしてほしい。

ここでマルシュルートカかタクシーが通らないかと考えていたが、もともと交通量が少ないので、ちょっと期待できそうにない。マルシュルートカが通るかどうか注意しながら、さらにアク・スー村へ向かって歩くことにした。

途中は、道路沿いの並木もきれいだし周囲の景色も素晴らしい。

ここまでは晴れていたが、しかしながら次第に雨雲が近づいてくるのが見える。不安になってきたころ、ようやくマルシュルートカがやってきたが、合図したものの運転手が「乗れない」というジェスチャーをして通過していった。どうやら満員だったらしい。

さてどうしようかと思っていると、いきなり天候が急変した。周囲が急に暗くなり、先ほどとは一転して激しい雨。と思ったら、よく見ると雨ではなかった。

なんと、降ってきたのは霰(あられ)。傘を差して並木の下に避難したが、まさか霰などという滅多に見られない現象を外国で体験することになるとは思わず、地面が白い粒に覆われていくのを呆然と眺めることになった。(このときは「雹(ひょう)が降ってきた!」と思ったが、帰国後に調べたら直径 5mm 以上が雹、それ以下が霰らしい)

傘から出を出すと、手のひらにも霰が乗ってくる。

止む様子も見られないので、ちょうど目の前にあった小さな雑貨店に避難した。ここで、これ以上歩く気力をなくし、店の人に頼んでタクシーを呼んでもらった。アク・スー村まではまだ少し距離があるし、この天候では外を歩きたくない。

タクシーはすぐに来るそうなので、お礼として店でいくつか菓子を買い、店内で待たせてもらった。やがてタクシーがやってきたので、店の人に礼を言ってから乗り込んだ。ここからカラコルのホテルまで直行。

かなり局地的な気候状態だったらしく、アク・スー村を通り過ぎてカラコルへ向かう途中で晴れ間が広がるようになり、カラコルに着くと雨の気配もなかった。やはり山岳地帯は天候が変わりやすいということか。

250ソムを払ってタクシーを下り、ホテルに入ると前々日と同じ女性が迎えてくれた。例の英語が堪能な娘さんも奥から出てきてくれたので、「トレッキングで大変に疲れたものの、アルティン・アラシャンは本当にきれいでした」と伝え、部屋に移動した。ここに預けていた荷物が部屋のクローゼットの中に保管してあり、しばらく部屋で休憩。

1時間ほど休んだ後、午後5時に外出してカラコルの中心部の方へ歩いてみた。疲れていたのでそれほど歩き回ることはせず、前々日と同じレストランに入って夕食にした。注文したのはスープ、ステーキ、チャイとパン。

前々日にここで注文したステーキがあまりにも硬かったので、今回は別のものを注文したところ、これは当たりだった。肉は柔らかく、味はかなりうまい。具沢山のスープもなかなか絶品で、今回のキルギス旅行で最高の夕食になった。これで値段は308ソム。

夕食後、こちらも前々日に入ったインターネット店に立ち寄ってメールとニュースのチェックを行い(料金は20ソム)、午後7時にホテルに戻った。

シャワーを浴び、トレッキングで疲れていたので早く寝ようと思ったが、テレビをつけると「指輪物語」をやっていて、結局第1部の「旅の仲間」を最後まで見てしまった。ロシア語吹き替え版なので「ニエット!」くらいしか言葉はわからないが、日本で字幕版を見ているし原作も何度も読んでいるので、かなり楽しめた。なお、この2日後、ビシュケクのホテルで第3部の「王の帰還」を最後まで見ることになった。

夜11時半に就寝。翌日はチョルポン・アタへ移動することになる。