【大阪・関西万博のその他パビリオン】

前のページで特に印象に残った8ヶ国のパビリオンを紹介したので、ここではその他のパビリオンについて載せておきます。5日間でできるだけ多くの国のパビリオンを回りましたが、それでも全部は入れませんでした。

なお、実際に入国したことがある国に関しては、旅行した年を記載しています。それぞれの詳細な旅行記は当サイト本館に載せているので、興味があればそちらもどうぞ。

コモンズ館

単独ではパビリオンを出せない国に対して、万博側が建物を用意して区画ごとに使用してもらっているのがコモンズ館。コモンズAからコモンズFまでの建物があり、そのうちのコモンズEを除く5つの建物内に多くの国が集まっています(コモンズEは日本の漫画家によるイラスト展示)。

コモンズ館がなければ見ることができなかった国もたくさんあるはずなので、主催者側がこのような共有の建物を用意したのは本当に良かったと思います。

おそらく、多くの人は名前も聞いたことがないと思われる国がひしめいていました。

入国したことがある国

コモンズ館の中から、まずは自分が行ったことのある国を紹介します。最初はベリーズ。

ベリーズは2010年と2016年の2回、旅行したことがあります。2010年の旅行の際、ブルーホールでシュノーケリングを行ったことがダイビングを始めるきっかけになったので、自分にとっては思い入れのある国です。

一般的には中米でもっともマイナーな国でしょうけど、ブルーホールはTV等で見たことがある人も多いはず。私もまた再訪したいものです。

こちらはパラオ。2014年にダイビング旅行で入国しました。

日本統治時代の写真も多数。パラオもいつか再訪したい国です。

2008年に旅行したマダガスカル。

マダガスカルと言えばバオバブ並木道。ワオキツネザルやベローシファカなどの動物も含めて、唯一無二の景色が見られる国でした。

次回、マダガスカルを旅行する際はダイビングもやってみたいものです。

2015年に旅行したアルメニアでは、当時存在していたナゴルノ・カラバフ共和国にも入ってみました。

その後、2024年1月にナゴルノ・カラバフ共和国は消滅。今はアゼルバイジャンの支配下に戻っています。首都ステパナケルトの名物だったノープロブレム親父など当時出会った人たちはアルメニアに逃れたと思いますが、無事に暮らしているでしょうか。

ここではナゴルノ・カラバフに関する記述は見当たりませんでした。アルメニアも奪還を諦めてはいないようですが、国力の差が大きいだけに困難かもしれません。

2004年に旅行したスロベニア。

この国ではポストイナ鍾乳洞のトロッコ列車とシュコツィアン鍾乳洞の地底の大峡谷が印象に残っています。もう20年以上が経ってしまったので、また再訪したいものです。

2013年に旅行したキルギス。

この国はアルティン・アラシャンへのトレッキング、イシククル湖と天山山脈の風景が印象に残っています。

その他にも入国したことがある国のコーナーはありましたが、写真で紹介するのはここまで。

入国したことがない国

ここからは、まだ入国したことがない国になります。最初はナウル。

一般には「かつて日本やアメリカを超えるほど裕福だったが、リン鉱石に頼りすぎていたため枯渇により転落した国」という認識の人が多いはず。一時は政府機関とも連絡がつかなくなり「国ごと行方不明になった」などとニュースになったこともありました。

万博開催中、X(旧Twitter)のナウル政府観光局アカウントがユーモアを交えて発信していたこともあって、見てみたい国でした。テーブルの上にあるのは島の形をした公式ゆるキャラ「ナウルくん」。

話のネタとしても一度は行ってみたい国ではあるんですが、その機会はあるかどうか。

こちらはスロバキア。

スロベニアと混同する人も多いでしょうけど、スロバキアはチェコと協議離婚した国。景色がきれいなのでいつか行ってみたい。

タジキスタンは、中央アジアの旧ソ連5ヶ国の中でもおそらく一番マイナーな国。

中央アジアではウズベキスタンとキルギスは旅行したことがあります。また山岳地帯でトレッキングをやってみたい。

日本では物騒なイメージがあるパキスタンですが、実際に旅行した人の話を聞くと意外と安全そう。

ここは大量の岩塩が圧巻でした。

写真撮影スポットとしてもいい感じ。岩塩の間から顔を出して写真を撮っている人も多数。

こういう、思い切ってひとつの展示物に全振りした内容も記憶に強く残りますね。

壁が黄色一色なのはウクライナ。

ウクライナと言えば、この開催中はロシアとの戦争が長期化している状況。「NOT FOR SALE」というのはもちろん「ウクライナは売り物ではない」という意思表示。

ウクライナには入国したことはありませんが、国境を接している沿ドニエストルには行ったことがあります。ティラスポリ駅はオデーサ行きの夜行列車が発着する駅で「いつか乗ってみたい」と思ったのですが、まさかこんな世界情勢になるとは当時(2018年)は思いませんでした。いつか、旅行できる日が来ることを願っています。

こちらはモーリタニア。

万博開催中「ヨルダン館でスターウォーズのロケ地としても知られているワディ・ラム砂漠の赤い砂を展示」というニュースが話題になっていました。そのヨルダン館にも入りたかったんですが、事前予約が取れず断念。

その代わり、モーリタニア館でサハラ砂漠の砂に触れることができました。

砂は粒子が細かくてサラサラ。ヨルダン館の代替ではあるものの、本物の砂漠の砂に触れられて満足。

アフリカの超マイナーな島国、サントメ・プリンシペ。アフリカのどの辺りにあるのかも知らない人が多いと思いますが、こういう国の紹介を見ることができるのも万博の魅力。

正直言って、この国まで万博に出展しているとは思いませんでした。私が当サイトの運営を始めた1999年~2000年代初めのころは、ネット上のサントメ・プリンシペ旅行記としては朝日大学の佐納康治さんという方のサイトが唯一だったと記憶しています。

今はサイトは消えていますが、まるで廃墟みたいな風景と殺伐とした空気が紹介されていました。

今はネット上にはいくつか訪問記があるようですが、私が入国する機会はおそらくないでしょう。

「なんでこの国まで万博に来ているの?」と思ったのがソマリア。

北部地域がソマリランドとして事実上独立し、ソマリアの再統合は困難な状況になっていることは知っていました。その他にプントランドという自治政府もありますが、ソマリア政府は全土を国土として主張しているようです。

ソマリランドは安定しているようなので、未承認国めぐりの一環として入国する機会はあるかもしれません。ほぼ無政府状態の南部ソマリアはさすがに無理。

ソマリアと同様、「この国まで来ていたの?」と思ったのがイエメン。

前のページで「印象に残ったパビリオン」として紹介したオマーンの隣国だというのに、ほぼ崩壊状態で治安も最悪の国。オマーンの安定とは対照的で、なんでこんなに差が開いてしまったんでしょうね。

シバームの旧市街やソコトラ島の竜血樹は見てみたいものですが、さすがに無理でしょう。

他にもカーボベルデやギニアビサウや中央アフリカや南スーダンなど、コモンズ館ではこんな風にマイナーな国や危険度の高い国など渡航が難しそうな国の紹介がたくさん見られたので、こういう建物を用意してくれた万博主催者には感謝しています。

単独パビリオン

続いてコモンズ館ではなく単独でパビリオンを出している国を紹介します。

入国したことがある国

コモンズ館を除いて、今回の万博で最初に入ったのがペルー館。

ペルーと言えばマチュピチュ。私が旅行したのは2006年なので、すでに19年も経ってしまいました。当時は「またここへ来たい」と思ったんですが、再訪はいつになるでしょうか。

マチュピチュの他、ナスカの地上絵ももう一度見てみたい。あと、当時は日数が足りなくて断念したチチカカ湖にも行ってみたいものです。

パビリオンの外にはペルー料理の店があり、キヌアのピラフとインカコーラを注文してみました。インカコーラは懐かしい味。

続いてバングラデシュ館。

バングラデシュは2009年に「ロケットスティーマー」という船に乗るために旅行しました。「世界で唯一、定期航路を運航している現役の外輪船」での27時間の船旅という、貴重な体験ができたのは今でもいい思い出です。

ただ、調べたところロケットスティーマーの定期運航は2022年に廃止されたそう。さすがに1929年建造という古い船だったので、仕方がないのでしょう。クルーズ船として復活する計画があるそうなので、いつかまた乗りたいものです。

ロケットスティーマー以外にも、クミッラという町で1泊130円の安宿に宿泊したり、首都ダッカでのリキシャの洪水に圧倒されたり、印象に残っている国です。この国もいつか再訪したい。

こちらはカンボジア館。

東南アジアらしく稲作の風景が作られていました。

そしてカンボジアと言えばアンコールワット。私がシェムリアップを旅行したのは2004年。その後、プノンペンを2011年に旅行していますが、またアンコールワットを見たいものです。

ラトビア&リトアニア館。リトアニアは入国したことがありませんが、エストニアとラトビアは1999年に旅行しました。そのエストニアは今回の万博には不参加。

館内は植物の展示がメインでした。

この緑の壁は来訪者の願い事を書く掲示板。

ラトビアも1999年当時からは大きく変わっているでしょうね。再訪する機会があるかどうか。

トルコ館は、館内に入ってすぐの太陽と三日月が目立っていました。

トルコを旅行したのは2002年。イスタンブール、パムッカレ、エフェスを回りましたが、日数が足りなかったためカッパドキアへは行けず。その後、2016年にイスタンブールだけは再訪していますが、カッパドキアもいつか行きたい。

ただ、トルコ館に関しては通路の先に土産物店があるだけ。ちょっと肩透かし気味かも。

こちらはベトナム館。

国旗と灯籠が目立っています。

ベトナムは2006年にホーチミン、2010年にハノイを旅行しました。ベトナム名物の水上人形劇は、ハノイの劇場で観賞。

ベトナムも15年ほど渡航していません。2025年の12月ごろに旅行する計画を考えていたんですが、仕事の都合で中止。2026年か2027年には旅行したい。

ポルトガル館は建物が独特。

ポルトガルを旅行したのは2012年で、深夜特急の終点になるサグレスの町を訪問することが目的でした。サグレス要塞とサン・ヴィセンテ岬の他、首都リスボンの町並みとケーブルカー、ファティマの蝋人形館、ユーラシア大陸最西端ロカ岬の風景が印象に残っています。

ポルトガルが世界を広げていった様子が地図で示されていて、1541年にポルトガル人が豊後に漂着してからアジアが日本まで広がった様子がわかります。あくまでポルトガルからの視点ですが。

移住先として日本人にも密かに人気があるようですが、私もまた旅行したい。

ブルガリアのイメージといえばヨーグルト。私が旅行したのは2014年。

館内ではヨーグルトにも触れられていました。あとはバラも有名。

ソフィアの町並み、リラ修道院、サニービーチで見た黒海の風景が印象に残っています。モラビアの大草原もいつか見てみたい。

ネパール館はこじんまりとした感じ。

ネパールを旅行したのは2007年と2017年の2回。カトマンドゥの寺院めぐり、エベレストを眺めるマウンテンフライト、ポカラでのトレッキングとウルトラライトプレーンが印象に残っています。

2017年の旅行のときは、クマリの館でクマリに会えました。団体客が来たときに便乗して並んでいたら窓から顔を出してくれて、これにはさすがに感動。

このときのクマリは、後に引退して一般人となり、学校に通うようになったというニュースを見ました。今はどこかの町で静かに暮らしていると思います。

チュニジア館はピンクのライトアップがきれい。

チュニジアを旅行したのは2005年。チュニスのシディ・ブ・サイドとカルタゴ遺跡、ドゥッガのローマ遺跡、エル・ジェムの円形闘技場が印象に残っています。

日数が足りず、南部の砂漠地帯まで行けなかったのが心残り。

チュニジア館は出口付近の装飾がきれいでした。

フィリピン館は建物が巨大。

フィリピン旅行は2019年と2024年の2回で、どちらもダイビングがメイン。近い国なのに、わりと最近まで入国する機会がありませんでした。

スクリーンの前で踊ると、キャラクターもそれに合わせて動くというシアターが人気。

インドでは自国のことを「バーラト」と呼んでいるというのは、今回の万博で広く知られることになったと思います。もしかしたら、近い将来インドの正式名称がバーラトに変わるかもしれません。

インド映画が流れているシアターがありましたが、途中から見たので内容がよくわからず。

インドを旅行したのは2015年。インド旅行と言えばデリー周辺を回るのが一般的でしょうけど、私の場合はラダック地方が主目的でした。「世界有数の過酷なルートであり、かつ世界有数の絶景ルート」と言われているマナリ・レー・ロードの眺め、レー近郊のゴンパめぐり、標高5,360mのチャンラ峠、標高4,000m地帯にあるパンゴン・ツォという青い湖など、また見たいものです。

マナリ・レー・ロードでは途中のタグランラ峠(標高5,300m)で一時的に高山病になって大変な思いをしましたが、そのおかげで体が高地に順応したのか、以降は高山病の症状が現れることはありませんでした。今思えば貴重な体験です。

最後に紹介するのはシンガポール館。入国したのは2002年、2004年、2007年、2025年の4回。

球の形をした建物の下層階で願い事を書くと、それが上層階に上がっていくという趣向になっていました。

最上階はドーム状のシアター。ここに、来訪者が書いた願い事が次々と現れます。

自分が入国したことがある国では、メキシコ、南アフリカ、アルバニア、キプロス、ジョージアなどが不参加だったのが残念。特にキプロス館があれば絶対に入りたかったんですが。

入国したことがない国

ここからは、まだ入国したことがない国。最初はアゼルバイジャン。

ここは建物のユニークさが話題になっていました。女性の像がクルクルと回っています。宿敵アルメニアとの国力の差を見せつけているのかも。

というわけで建物はすごいんですが、館内はこういうスクリーンといくつかの展示物があるだけ。スクリーンではアゼルバイジャンの紹介映像が流れます。

何というか、出オチみたいな感じでしたね。

個人的に印象に残ったのがアゼルバイジャンの地図。

2015年にアルメニアを旅行した際、未承認国だったナゴルノ・カラバフ共和国にも入ってみました。ステパナケルト、シューシ、ガンザサールの町の他、アマラスという村で現地の人たちの誕生日会に強制参加させられたのが今でも楽しかった思い出として残っています。

しかしながら、2023年にアゼルバイジャンがカラバフ地域を奪還し、2024年1月にナゴルノ・カラバフ共和国は消滅。地図ではステパナケルトはハンケンディ、シューシはシュシャとアゼルバイジャン名になっています。廃墟化していたアグダムの町も、復興が進んでいることでしょう。

2025年時点では旅行者が自由に入れるようになったのかは不明ですが、いつかアゼルバイジャン支配に戻ったカラバフ地域も訪問してみたいものです。

こちらはチリ館。

南米で旅行したことがあるのは、今のところペルーだけ。距離が遠いのがネックですが、いつかチリにも行ってみたい。

チリと言えば、イースター島には一生に一度は行ってみたいと考えています。いつになるかわかりませんが。

アフリカのアルジェリア館は、建物の装飾がきれい。

両隣のチュニジアとモロッコは旅行先として知られているものの、アルジェリアはちょっとマイナー。入国したことがある人は少ないかも。

はたして、旅行する機会があるかどうか。

失礼ながら、単独パビリオンとして出展していたことに驚いたのがアフリカ南部のモザンビーク。

映像と展示品がメインでしたが、海はきれいそう。もしかしたら、ダイビングで旅行する機会があるかもしれません。

こちらはセネガル館。

西アフリカはなかなか行く機会がなさそうです。入国はちょっと無理かも。

ここから中東の4ヶ国を簡単に紹介。まずはUAE(アラブ首長国連邦)。

「大地から天空へ」という柱が林立していました。ナツメヤシがモチーフだそうです。

今のところドバイでのトランジットだけなので、いつか入国したい。

バーレーン館はトルクメニスタン館の隣。

交易をテーマにした船などが展示されていました。

建物の形状が面白いカタール館。

ここは映像がメインでした。

そして中東の盟主と言えるのがサウジアラビア。建物も立派。

伝統文化だけでなく、未来都市構想みたいな展示もありました。

シアターもあったんですが、ここは別の列に並んだ人だけが観賞できるらしく、私が並んだ列は横目に見ながら通過するだけ。

入ったのが訪問最後の日の夜だったため、並び直す時間がなくシアターは断念。これについてはYouTubeで探せば動画が見つかるので、そちらを参照して下さい。

コロンビア館は、夜間に見るときれいに光っています。

やはりコロンビアと言えばサッカーと野生生物というイメージ。

足元をカメが泳いでいました。

コロンビアはかつては南米の中でも特に治安が悪く「死因のトップが殺人」とまで言われた国でしたが、近年は改善されたようです。ただ、旅行する機会があるかどうか。

地中海の島国、マルタ館は建物の前面がスクリーンになっていました。

マルタらしい騎士の甲冑と、日本の武具とのコラボ。

こういう芸術作品もありました。ちょっと面白い。

いつか、キプロスと併せて訪問したい国です。マルタでもダイビングをやってみたい。

入らなかったパビリオン

ここからは、入ることを断念したパビリオン。最初はアイルランド。

ここは当日予約が必須。毎日、予約開始時間になってすぐにスマートフォンでのアクセスを繰り返したものの、あっという間に満員になってしまったため入れませんでした。

私が初めて海外一人旅をやってみたのが1998年のアイルランド。海外旅行にはまってしまうきっかけになった国だけに入りたかったんですが、残念。

セルビア館は、訪問最終日の夜に列に並ぼうとしたら「もう終了です」と言われてぎりぎりで並べませんでした。

イタリア館と並んで超人気パビリオンだったのがフランス館。イタリア館はどうしても見たかったので6時間並んで入りましたが、フランスは待ち時間の長さを見て断念。

日本人にとってマイナーだと思うアフリカのアンゴラ。ここも行列の長さを見て断念しましたが、やはり入っておけばよかったかも、と後悔。

楽譜の形をした建物が特徴的なオーストリア館。ここも待ち時間を見て断念。

その他、待ち時間が長すぎて断念したのがアメリカ館、イギリス館、中国館、クウェート館、オランダ館、TW館(実質、台湾館)。回りきれず断念したのがオーストラリア館、ブラジル館、ハンガリー館、スペイン館、ドイツ館、カナダ館、スイス館、北欧館、チェコ館、ベルギー館、ポーランド館、モナコ館、ルクセンブルク館。事前予約が必須で取れなかったのがヨルダン館。

入れなかったのは残念ですが、仕方がありません。5日間では日数が足りませんでした。


当初はあまり関心がなかった大阪万博ですが、行ってみたら予想以上に楽しく、行動を起こしてよかったと思っています。

おそらく、私が万博を見る機会はこれが最後になるでしょう。いい思い出になりました。

ちなみに、私が前回万博を見たのは1985年のつくば博で、もう40年前。当時は高校1年生で、このときは1週間ほど滞在してパビリオンを回りました。生涯で2回、これだけの規模の万博を見ることができたのは幸運だったと思っています。


今回入れなかったヨルダン館ですが、鳥取県境港市の「夢みなとタワー」に移設されて常設展示されることが決まったようです。これは嬉しいニュース。

オープンは2026年1月だそうで、これは絶対に行ってみたい。

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